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デザインプロジェクトの現在

東大都市工学・羽藤教授が語る「頭脳民主主義」と「細胞民主主義」が融合する都市へ

羽藤英二(東京大学)

新しい年を迎え、未来へ向けての話題で言えば、2020年の東京オリンピックが挙げられる。都市や人は、そこへ向かってどう変化していくのか、東京大学で都市工学を専門とする羽藤英二教授に聞きに行った。

01,04 2006年頃から四国地方を対象として取り組む風景づくり活動「風景づくり夏の学校」。共にまちを歩き、語り合うことを通して地域づくりとは何かを考え、風景づくりの企画・提案をコミュニティFMの実況を活用して行う。羽藤さんはラジオ番組のパーソナリティを務めている。

オリンピックとは都市が迎えいれ送りだすもの

工学部に籍を置く羽藤さんの研究室は、見事な銀杏の大木の前にたたずむ、クラシックな建物の中。壁一面が黒板になっていて、びっしり数式が書かれている。反対側には、大きなリラックマのぬいぐるみが椅子に乗っている。机の上にはおびただしい数の書籍や資料が積まれている。とんでもなく頭脳明晰なのに、笠に着たところが微塵もない、国を動かすような重要課題に取り組んでいるのに、どこかやんちゃでユーモラス――羽藤さんの人柄が見え隠れしている空間だった。

「都市と人は、今後、どう関わっていくのでしょうか」というとんでもない質問に、羽藤さんが口にしたのは、2020年に開催される東京オリンピックのことだった。「オリンピックとは、過去からいまに至るまで、都市というものが迎えいれ送りだしてきたものです。東京がそれをどのように行うかが要になると思います」。前回の東京オリンピックでは、首都高速道路が立体的に交錯する近代的な都市像が、テレビを通して全世界に映し出された。几帳面で礼儀正しい日本人の暮らしぶりや所作が、好感を持って受け入れられた。それは、大戦後の復興を遂げたひとつの証であり、大量生産・大量消費がものすごい勢いで進んでいく消費市場の象徴として、日本人の暮らし方を指し示し、東京という都市をアピールした。

それから半世紀の月日が流れ、社会経済を取り巻く環境は激変した。生活の便利さや豊かさを求め、効果効率と利益獲得を追究してきた価値観は、相変わらず太い基軸として存在するものの、随所で微かな揺らぎを見せてもいる。「社会の高齢化と人口減少は、これからの都市を考える上で見逃せない要素。生活の中の移動スケールは小さくなり、全体的には非中心化が進むことになります」と羽藤さんは言う。

"遅い交通"が大切な役割を果たすようになる

高齢化が進んでいくと、通勤のために郊外から都心に移動する人口が減り、郊外エリアを行動範囲とした暮らしが一般化していく。そうなると、例えば新宿や渋谷といった中心部まで時間をかけて移動し、ショッピングやエンタテインメントを楽しむより、近場で暮らしを楽しむライフスタイルへ移行していく。と共に、電車やクルマといった"速い交通"ではなく、自転車や歩きといった"遅い交通"の重要性が増してくる。

一家に一台のパーソナルカーではなく、複数のユーザーが一台のクルマをシェアするようになる。人々の暮らしが変わっていくのは、羽藤さんの話を聞いているとうなずける。明らかな趨勢として、大規模な都市開発が行われる一方で、小さな都市開発の新しい方法が模索されていくのだという。まだ幼い私が、高度経済成長下で想像していた未来図は、チューブのような道路が入り乱れ、目にもとまらない速さで移動物体が行き交っている都市風景――それが実現しなかったのは、社会経済の環境変化の中で、人が求める暮らし方が、その文脈になかったからなのだと腑に落ちた。

羽藤さんは「前の東京オリンピックと大きく違うのは、かつては国=お上が作る都市だったものが、民間の役割、もっと言えば、個人の役割が求められること」だ。個人が当事者意識を持って関わることも必要になってくるという。個人、企業、公がつながって作り上げる都市像――江戸時代に堺や博多が自治都市として繁栄したようなケースが、新しいかたちで模索されていくという。

この話を聞いていて、企業においても同じようなことが言えると思いいたった。トップを頂点に据えたピラミッド型のマネジメントが必ずしも通用しなくなり、個人と個人が有機的に結びついた組織の有り様が問われている。「これが正解」というかたちが、まだ見えないものの、企業における"上下、公私"の有り様は転換を迫られている。

02,05~07 13年10月から横浜市で日産自動車が展開する、超小型モビリティを使ったカーシェアリングの仕組み「チョイモビ」。2人乗りの100%電気自動車「NISSAN New Mobility CONCEPT」を使い、好きな場所で車を返せるワンウェイ型カーシェアリングを実現している。

一人十色の個人の行動に即した都市

東京オリンピックの開催はまた、都市の有り様においても、そこにおける暮らし方においても、日本の存在意義が問われていくことでもある。「高度経済成長時代に十人一色と言われた個人の行動は、都市の進展と成熟により、十人十色へ、さらに一人十色へと変化しています。都市空間において多層化していく個人の行動と向き合った開発こそが求められていくのです」。

それはまた、世界の先進国における新しいモデルを提示することにもつながっていくというではないか。何だか少し誇らしい話である。だがそこに、希望と可能性は見えているのか――東京には、江戸時代に端を発する界隈性というもの、美地形と言える場が少ないながらも残っている。ものづくりにおいても、組み合わせて作り込む点において、日本人は他の追随を許さないレベルを堅持している。所作の美しさ、暮らしの美しさというものがまだ残っている。

そこを深め、進化させれば可能性はあると羽藤さんは言う。「大規模な都市開発が"頭脳民主主義"だとすれば、"細胞民主主義"とでも言える開発が行われていく。そうやってハイブリッド化していくのが東京という都市の有り様ではないでしょうか」。複雑な課題について平易な言葉で読み解いていく。暗くとらえられがちな未来について明るく軽やかに語る――明快な話しぶりに、未来への希望を垣間見た気がした。

03「行動モデル夏の学校」。行動モデルの基礎と研究・実務への応用に関する専門知識の修得を目的に2002年から開催。全国から土木・都市・建築系の学生が東京大学本郷キャンパス工学部に集まり、2~3日間の合宿形式で選択理論の基礎となる行動モデルについて、講義と演習を通じて修得する。写真は2009年に開催された、MIT Moshe Ben-Akiva教授の講義の様子。

08,09 「花園町通り空間改変事業」。四国最大の都市、松山市では2011年から新たな都市計画マスタープランを策定し、歩いて暮らせる街=コンパクトで質の高い集約型都市を目指している。花園町通り(08)は市内最大の道路で、この車線を一部自動車と歩行者空間に再配分する計画を進めている。

10,11 2011年に実施された「東京2050//12の都市ヴィジョン展」に、東京大学大学院工学系研究科 都市生活学・行動ネットワーク研究室として参加。東京大災害2050を想定し、渋谷の再生をテーマにプランを描くことを通じて新しい都市のアーキテクチャーを構想した。

12 研究室内の黒板。人の行動を数式を書いて予測する、シミュレーションのための数式。現代は、GPS機能付き携帯電話や、Webネットワークなどの技術によってさまざまな人の観測データが取得できる。こうしたデータの検証を行うことで、高度な確率的意思決定モデルを構築する。

13 羽藤英二さん。1967年愛媛県生まれ。愛媛大学助教授、MIT客員研究員、UCサンタバーバラ客員教授を経て現職。交通工学研究会研究奨励賞、世界交通学会賞など数々の賞を受賞。各地の観光まちづくりや地域防災に関する研究を手がけている。「未来都市東京2050」として都市戦略を提示するなど、世界的に注目を集める都市工学研究者のひとり。

かわしま・ようこ

1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院修了。共立女子大学、多摩美術大学非常勤講師。Gマーク審査委員。著書に『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、『ブランドはNIPPON』(文藝春秋)などがある。

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