電子書籍が浸透するなどデジタル全盛の時代だが、"愛読書"という言葉があるように、形あるからこそ、紙の書籍には価値を感じる人が多い。ブックデザイナーとして小説家や編集者からの指名が多い名久井直子さんに、モノづくりの現場と、その楽しさ、広告への関心について聞いた。
作家のメッセージを汲み取り、読者ターゲットに響くものを
名久井直子さんは、自身が手掛ける本のことを「この子」と愛情をこめた言葉で表現する。例えば、「この子が世(書店)に出た時に」「この子が少しでも可愛がってもらえるように、やれることはやってあげたい」と、ごく自然にそう話す。
名久井さんが仕事とする「ブックデザイナー」とは、別称は「装丁家」とも呼ばれる。名久井さんにとってブックデザイナーとは、「アーティストではない裏方の職人」と毅然と語るが、本を見つめる眼差しは優しい。わが子を世に出すまで、ぬかりなく育て上げるように、細部まで手をかけて1冊の本に愛情を注ぎ込む。
これまで名久井さんが手掛けた本の数は約800冊。小説が中心だが、辞書や画集、漫画と、ジャンルは幅広い。装丁の仕事は、小説の場合には、まず作家の書いた生原稿を読み込み、どんな『イメージ』の本にするか、作品のもつ世界感やメッセージを汲み取ることから始まる。
それから、それらを形にする「選定」と「発注」作業に入る。内容は文字だけにするか、イラストや写真は使用するのか、どんな人に装画を描いてもらうのか。その場面設定をどうするのかを決め、本づくりの指令塔ともいえる編集者と内容を擦り合わせながら進めていく。
そうした作業を経て約1カ月後。イラストや写真などの素材が揃うと「デザイン」を行う。本文の文字を載せる紙(用紙)、加工方法など体裁を決定し、文字の書体や大きさ、文字数、行間などを考えていく。本の顔であるカバーや、表紙、見返し(表紙の内側)、別丁扉(最初のページで、書名と著者名などが入る)をどう見せるか。スピン(栞とする紐)、花布(本の背の上下に貼る飾り布)も考え、丸背・角背の本にするのかも考え抜く…。これらを同時並行して決めていくのだ、と名久井さんは話す。
データ入稿した後にも、見本の確認、色校正、修正…と仕事を上げれば切りがない。本を構成する小さな要素を縦糸と横糸を編むようにイメージを形にして、1冊の本が生まれていくのだ。
「ブックデザイナーとは、本を物質化する担当と言えると思います。そしてコツコツと地道に構築する仕事です」と名久井さん。1行に何文字を組むか、余白はどれくらいにするか、ノンブルの位置、書体選定と、どの行程も緊張をはらむ作業で楽しいと話す。
名久井さんは普段、おおよそ同時進行で複数冊の本の装丁を手掛ける。誰に向けて伝えたい本なのか、ターゲットを把握し、いくらで売る本なのかを肝にしてインスピレーションを広げ、そこに向かって、編集者と打ち合わせを重ね、本のデザインを編んでいく。
「できるだけ売れる子(本)にすることが私の仕事の一番大切なところだと考えています。そこで、書店ではなるべく目立つ子にしたい。面白そうだ!と手に取ってもらえる本です。でも、ただ目立てば良いと考えているわけではありません。自宅に持ち帰っても声高に主張してしまうのではなく、買っていただいた方の家の空気や、ソファーや机といった家具に馴染むほうが良い。そうしたことも意識しています」と名久井さんは話す。装丁を考える上では、読書前と後で味わいの違うものにすることも目標だ。
届けたい人の顔が見える仕事 仕事のおもしろさは無限に広がる
名久井さんが、ブックデザイナーとなったのは、2005年にフリーランスとして独立した後だ。以前は広告会社に勤務し、アートディレクターとして活躍、企業のテレビCMやポスター、スチール、雑誌広告などを手掛ける仕事をしていた。最後の2年は兼業だった ...