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広告を「読む」。

保険会社の広告から読む、「不安」のこと。

山本高史

広告を読めば、なんかいろいろ見えてくる。例えば「不安」のこと。

三井海上火災保険(1997年) コピーライター 山本高史

1995年1月17日、兵庫県を中心とする関西地方を「思ってもみなかった」震度7の大地震が襲った。阪神・淡路大震災である。ぼくはその日、アリゾナのツーソンという街にいた。CNNは地震発生の報道を繰り返したが、当時は報道機関ですら正確な情報を短時間で入手することは難しかったのだろう。どこで何がどうなっているのか、具体的に知ることは困難だった。テレビ画面の日本地図上の地震を示す●印は、京阪神エリアを丸々塗りつぶし、ぼくはホテルの部屋から京都の実家に電話をかけ続けたが、あたりまえのようにつながることはなかった。東京に戻ったのは数日後のこと、それから連日ニュースやワイドショーが映し出す、倒壊した阪神高速、燃えさかる長田の街、崩れた阪急伊丹駅と高架上に傾いたまま取り残された電車、そして被災した人々を見続けることになる。遠い街の惨状は500㎞離れた東京の住人にも、深く痛く突き刺さった。「ライブでは見たことなかった」ものだった。

心は痛めど実被害のなかった街を、次は無差別テロが襲う。同年3月20日に発生した地下鉄サリン事件である。ぼくはその事件に、ほとんど現場で遭遇した。ぼくの当時勤務していたオフィスの最寄駅が、死者を出した現場のひとつ営団地下鉄(現東京メトロ)築地駅だったからだ。新大橋通りは封鎖され、空には報道機関のヘリが重なるように飛び交い、あちこちでサイレンの音が鳴り響いていた。「映画でしか見たことなかった」ものだった。もうマスコミがネタに困ることはない。その報道や中継は地震とサリンをオーバーラップさせながら、やがてサリンに興味を移していった。おかげでぼくらはテレビをつけるだけで、非常を目撃し続けることになる。

ぼくはあの「地震とサリン」の年に、日本人の気持ちの潮目が変わったのだと思っている。

保険とは、考えれば実に不思議な商品プロファイルを持っている。

消費者が商品やサービスから最大の恩恵を受けるのは、それらが最高のパフォーマンスを発揮する時である。掃除機ならそれが最高の吸引力を発揮した時。預金ならそれが最高の利率を実現した時。広告の教科書にも、そういうふうに書いてある。しかし保険はそうではない。保険が最高のパフォーマンスを発揮するのは、その顧客が多かれ少なかれ悪い状況にある時である。クルマをぶつけた。病気を患った。高価な品を破損した。家が火事になった。死ぬことまで想定内だ。つまり顧客の悪い状況において最悪だけは免れるための存在、と考えることができる。だからこそ昔は「使わなければ幸い」などと、役に立たない、つまり掛け金が無駄になることこそ願われた。ただし「それまで」は。

三井海上火災保険のテレビCMは1997年の1月にオンエアされた。60秒の全体がひとつながりのコピーとなっている。CM自体につけられたタイトルは『嘆き』、制作は1996年末、つまり「地震とサリンの年」の翌年である。C/Pl/Drは山本高史。拙作である。これを今回取り上げる理由は、最後に述べる。

広告制作者、例えばコピーライターは、パッと変わる「時代」、長いスパンで大きくうねりながら変化を示す「社会」、根源的で変わりにくい「人間」という3つのエリアの情報をアタマにインプットし(土屋耕一さんの言葉を借りれば「自分の過ごしている時間全体がこやしになっている」)、そして商品やサービスという課題に臨む。そしてコピーというアウトプットを世に問うのだ。その受け手である消費者もやはり同様の「時代/社会/人間」を(意識する・しないに関わらず)持っているので、送り手の提示する「時代/社会/人間」が受け手のそれと乖離していては広告どころか、コミュニケーションとして成立することすら覚束ない。送り手は受け手との「今」に関する合意・共有が前提となる。その前提をもとに …

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