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広報担当者の事件簿

大企業病に侵された広報役員不正の対応が生む未来〈中編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    広報コンサルティングを手がける「咲良広報オフィス」の立ち上げから10年。8人の社員を抱える咲良修一のもとに、創業当時、横柄な態度で接してきた小角自動車広報の長谷部から電話が入る。小角自動車で二度目となる役員の不祥事が起きていた。相談に訪れた長谷部は、頑なに記者会見以外の選択肢を求めるが……。

    守るべきことは何か

    「今日も暑いですね」アシスタントの小金井佐知が、窓外を眺めていた咲良修一に声をかける。咲良が苦笑すると「どうかしました?」訝しげな顔をする。「毎日聞いているフレーズだなあと思ってさ」「暑いときは暑いって言わないと、余計に暑くなりますから」小金井が微笑む。

    知人の会社の隅を間借りして咲良広報オフィスを始めたとき、用意された席の真後ろに座る女性がいた。帰り支度を済ませた咲良がエレベーターを待っていると、駆けてきた女性が「咲良さん、お電話が入っていますよ」と微笑んだ。関係のない会社なのだから電話を取る義務などない。にもかかわらず、丁寧な口調で電話をつないでくれたのが小金井だった。

    立ち上げて九カ月ほど経った頃から、少しずつ依頼が入るようになり、一年ほどで知り合いの会社を出た。三カ月ほど経ったとき「一緒に仕事させてください」と小金井が押しかけてきた。「いまの仕事のほうが安定しているだろうし、給料も多くはあげられない。やめたほうがいい」「お金の問題じゃないんです。咲良さんの仕事は企業にとって、とても重要な取り組みになると思うんです。お手伝いをさせてください!」

    お世話になった会社の社員を辞めさせるわけにはいかない。「会社は辞めずに、とりあえず三カ月。小金井さんの都合のいい日に手伝いに来てくれますか?社長には話しておきますから」仕方ないなあ……と思いつつ、知り合いの社長に電話で事情を話した。今では欠かせない存在になっている。

    看板を掲げて一〇年。従業員も八人に増えた。零細企業だが、それでも日々暮らせる環境にはなっている。広報を務めた会社を退職するとき、交換した名刺を数えると五〇〇〇枚ほどあった。他社の広報担当者とも積極的に交流を図ってきた。会社を立ち上げた当初は、「依頼はすぐに来るだろう」と高を括っていたが、電話は飾りと化す日々だった。

    売上規模が国内で十指に入る企業の金看板が威力を発揮しているだけのことを勘違いしていた。〝金看板〞は借り物に過ぎない。辞めれば〝ただの人〞だ。名刺を何枚持っていようと紙屑になってしまうことを咲良は思い知らされた。

    固定電話の電子音が部屋に鳴り響く。スタッフの出倉翔太が受話器を取る。「咲良広報オフィスです」丁寧な口調で対応する。「……少々お待ちください」出倉が保留ボタンを押し、咲良に向く。「小角自動車広報の長谷部さんという方からお電話です」懐かしさは微塵もない。むしろ長谷部がまだ広報で仕事をしていたことに驚く。

    「咲良ですが」「咲良さん。ご無沙汰しております。小角自動車の長谷部です」「……長谷部さん?ああ、こちらこそご無沙汰しております」長谷部の横柄な態度を思い浮かべる。今頃なんの用があってかけてきたのだろうと訝る。「咲良さんに是非ご相談したいことがありましてお電話させていただきました」「そうですか……」「以前は大変失礼をいたしました。今回も……対応についてご教示いただけないかと」

    口調がやけに丁寧になっている。どういう風の吹き回しだろう。「一度、ご相談にお伺いさせていただきたいのですが」今回は〝こちらに来てください〞ではないようだ。人を呼びつけておいて「他社と競合になりますので」と言った前科が長谷部にはある。「後出しジャンケンをしないのでしたら、お会いさせていただきます」相手が信用できる人間なら言わないセリフを咲良ははっきり言う。長谷部が一瞬、言葉に詰まる。それでも〝相談したい〞ということは、今回はかなり困っているのかもしれない。日にちだけ決め、電話を切った。

    「これをお読みください」長谷部が手にした資料をテーブルに滑らす。広報担当の佐久間という若い男が長谷部の横に座っている。まだ経験が浅いのだろうか落ち着きがない。咲良は受け取った紙を黙って読み進めていく。「また役員ですか」咲良が顔を上げて長谷部を見る。「お恥ずかしいかぎりです……」長谷部が頭を下げる。佐久間も慌てて倣う。

    「あなたが恥ずかしがることはないですよ。親族じゃないんですから」咲良が苦笑する。「人は地位や権力を与えられると、自分が偉くなったかのような勘違いをしてしまう」訥々と話す咲良を見て佐久間がきょとんとしている。「会社の金を自分の金のように使いこんでしまう輩が多すぎます」長谷部は黙したまま口を開かない。

    「三五億も使えば一生分遊んだでしょ」「刑事告訴を準備しています」「私への相談とは?」「来週、公表する予定なのですが最良の公表手段は何か、咲良さんに教えていただきたいと思っているんです」長谷部が顔だけ乗り出し話す。「役員の不祥事、御社は二度目ですよね」「……ですね」ですねじゃないだろ。他人事としか捉えていないのだろうか。

    「長谷部さん、広報何年ですか」「八年前に他の部署へ異動して今年の春に戻ってきたばかりです」不祥事は人に付くといわれることがある。長谷部が役員不祥事を二回経験することに...

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