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広報担当者の事件簿

大企業病に侵された広報 役員不正の対応が生む未来〈前編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    広報として勤めた企業を退職し、たった一人で広報コンサルティング会社を立ち上げた咲良修一。起業から10年が経ち、8人の社員を抱えるまでになったある夏の日、10年前の記憶がふいに蘇る。依頼のない日々を過ごす咲良のもとにかかってきた1本の電話。それは、日本で三指に入る大手自動車メーカーからだった。

    ©123RF.COM

    うちが頼んでいるんですよ

    夏の名残りが窓越しに伝わってくる。年々暑さが堪えるようになってきた。自分の会社を立ち上げてちょうど一〇年が経つ。「あの夏も暑かったな……」と少し感傷的になる。たったひとり、知り合いの会社の隅を間借りしてはじめた事業は一〇年で社員が八人に増えた。零細企業に変わりはないが、それでも日々暮らせる環境にはなっている。

    広報コンサルティングの看板を掲げて船をこぎ出したが、会社を立ち上げた当初は依頼などなかった。間借りした部屋の小窓から外を走る車や人々を眺める日々が続いた。暇といえば暇だったが、暇だからこそできることが思いのほかあった。

    日常の広報対応はいうまでもなく不測の事態が迫ったときに企業はどう乗り切っているのか、あるいはどれほど無様な対応をしているのか。広報担当者は何を考え行動しているのか。マスメディアの記者たちの視線の先には何があるのか、それとも命令されたことだけ取材しているのか。咲良修一は、会社員時代に自身が経験してきた広報と対比させながら徹底的に調べ、研究に没頭した。



    気がつけば看板を掲げて四カ月が経っていた。ネットニュースでは〝この夏一番の暑さ 東京の練馬で三六度を記録〞と表示されている。昼食の弁当を買いに一歩外に出ると汗がとめどなく噴き出してきた。暑いという表現を通り越している。席に戻り、弁当の蓋を開ける。机がひとつだけしかない事務所の固定電話が着信を告げた。

    「また営業の電話か……」ため息交じりに受話器を上げる。「咲良広報オフィスです」迷惑そうな口調を演出する。「初めまして。小角自動車の長谷部と申します」「小角自動車さん?どのようなご用件でしょうか」やっぱり営業だったかと思うと力が抜ける。「申し遅れました。広報室の長谷部と申します」落ち着いた声音だった。広報室がなんの用だろう……と思う。いけない、うちは広報コンサルの会社だったと気を引き締める。割いたばかりの割り箸を弁当の上に置く。

    「代表の咲良です」「ご相談がありお電話をさせていただきました」設立以来、初めての相談だった。「広報対応、とくに危機対応について教えていただきたいことがありまして」小角自動車といえば日本で三指に入る大手の自動車メーカーだった。会社員時代を含めてこれまで接点はない。

    「と、言いますと?」「全社的な危機管理マニュアルはすでにあるのですが、更新をしていきたいと考えています」受話器を持ちながら黙って頷く。「更新作業に必要な期間、作業内容ですとか、費用面についてご相談できないかと」「なるほど」喉から手が出るほどうれしい電話である。「詳細な内容をお訊きできますか」「もちろんです!」「どのように進めていかれますか」咲良が丁寧な口調で対応する。

    「うれしいですねえ。一度、当社に来ていただけますか。明後日はどうですか」長谷部が急にラフな言葉遣いになる。咲良は違和感を覚えたが聞き流す。「御社のこれまでの実績などがあれば持ってきてください」実績? そんなものないよと思いながらも告げる勇気はなかった。長谷部との通話を終え受話器を置く。初めての依頼にほっとする反面、どこか半信半疑な気持ちになっている自分がいた。



    約束の一〇分前に着き、受付で来訪先を告げる。近くのイスに座り二〇分ほど待つ間、後から来た来館者が次々と打ち合わせ場所に消えていく。エレベーターの扉が開き、ポロシャツにチノパンというラフな服装の男性二人が受付に歩いてきた。「咲良さんですか」そうですと告げる。「いやあ、申し訳ないです。打ち合わせが長引いてしまって」と悪びれもせず長谷部が名刺を差し出してくる。役職は「コーポレートコミュニケーション部メディアチームリーダー」とある。

    受付フロアの打ち合わせスペースに案内されると、「では御社の紹介からお願いできますか」長谷部からいきなりプレゼンテーションを求められた。横柄な態度に少しムッとする。自己紹介をしてくださいと言っているつもりなのだろうが……。仕事につながるかもしれないから多少のことは我慢しようと心に決めて来訪したが、長谷部の姿勢には首を傾げるしかなかった。咲良広報オフィスについて正直に説明する。

    「どの企業とも仕事はされたことないんですね……」長谷部が嘲笑する。「以前はどのような仕事をされていたんですか?」経歴も調べていないのだろうかと訝る。「当社のことはどちらでお知りになったのでしょうか」長谷部の質問には答えず、質問で返す。「うちの担当者が、危機管理のことで記者に相談した際に咲良さんを紹介されたもので」記者の名前を知りたいとは思わないので質問するのをやめる。

    「おそらく以前、サラリーマン広報をやっていたときに知り合った記者でしょうね」...

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