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広報担当者の事件簿

降って湧いた商品偽装疑惑 「川上蒲鉾」四代目の誇り〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    石巻の川上蒲鉾が商品偽装をしている─。身に覚えのない疑惑とメディアからの問い合わせに戸惑う社長の川上有希。くじけそうな心を救ったのは、従業員の言葉だった。潔白を証明すべく開いた説明の場で、メディアからは偽装を前提とした質問が投げかけられる。1時間半にわたる会見の数日後、真実が明らかになる。

    ©123RF.COM

    社長としての覚悟

    「こんなのが届いています」アルバイトスタッフが1枚の紙を持ってきた。ありがとうと言い視線を落とす。表題に「当社商品の偽装嫌疑に関わる説明について」とある。発信元は川上蒲鉾の社長、川上有希だった。

    「当社商品について、一部のマスメディアから使用原料について偽装ではないかとの問い合わせがございました。当社において徹底的に調査いたしましたところ、そのような事実は一切ないということが分かりました。とはいうものの、疑いのまま放置されることは長年頑張ってきた従業員の誇りを無にしてしまうことにつながりかねないことから、マスメディアの皆様に今回の嫌疑についてご説明を行い、加えて、当社工場内を取材いただき、皆様がご納得いただけるまでご質問にお答えいたしたく存じます。」

    「かなり攻撃的だな」暁新聞社会部の大原亮介が苦笑する。昨日電話で問い合わせたとき、担当の女性は何も言っていなかった。他社も訊いてきたのだろう。慌てて釈明に追い込まれたのだろうか。それにしては毅然とした内容の文面になっている。とても〝罪を犯した企業〞の案内ではなかった。

    大原は念のため確認しようと問い合わせただけだった。この手の話はライバル企業を蹴落とす常套手段としてのデマ情報が多いからだ。だが、対応した女性の声は上ずりおどおどしたものだった。対応に不信をもった大原は、すぐに川上蒲鉾の周辺取材を始めた。

    川上諒太が社長になってからネット販売を始め、商品個装のデザインも今風になったようだ。取引をしている仙台市内の百貨店担当者の話では、笹かまぼこの味も評判がいいと聞いた。昨年末、諒太と母親の川上佐知子が不運にも交通事故でこの世を去り、残された妻の有希が社長になったという。「蹴落としかな」大原が独りごちる。

    「どうした。浮かない顔してるねえ」同僚の若尾徹が声をかけてきた。「これをどうみる」大原が手にしていた紙を渡す。どれどれと言いながら若尾が目を通しはじめる。「随分と強気な案内文だね。例の偽装の会社だろ?」「偽装した会社がここまで強気になるかね」「逆手に取っているかもしれん」「可能性はゼロではない。しかし、だとしたらそこまでする意味はなんだ」「それは分からん」川上蒲鉾の案内を大原に戻す。

    「なんだよ、それ」「可能性がゼロでなければ、まずは行って確かめることだな。行けば分かるさ」じゃあなと言いながらエレベーターホールに向かっていく。「取材か」「ああ、県警にな」背中を向けた若尾が手を振りながら消えていった。



    「こんなことで涙を流すのはもったいないわ。負けてたまるもんですか」誰の流布なのか知る由もないし、知る気もない。石巻で笹かまぼこを商売にしている店は数えきれないほどある。いわば石巻の名産だった。心の小さな一部の人間がやっていることに腹を立てるのがばかばかしくなる。「真面目にやっていれば、お客さんにきっと届くから」義母の佐知子がいつも言っていた言葉が蘇る。「そうですよね。お義母さん」佐知子と諒太が机の上で笑っている。

    「明日、うちがどれだけ真面目に笹かまをつくっているのか全部見てもらいますからね」有希が微笑みながら二人に語りかける。「全員の力で乗り切ってみせるから」〝偽装〞の噂が流れ始めてからというもの百貨店やスーパーなどから取引停止の連絡が後を絶たない。やってもいないことが〝やっている〞ことになろうとしている世の中の怖さを実感する。

    冤罪そのものだと有希は思った。「だったら、こちらから仕掛けて冤罪を晴らしてみせる」マスメディアに対し説明会開催の案内を一斉に送りつけた。「こっちが利用してやるわ」ろくに取材もせず犯人と決めつけ冤罪を見逃そうとしている彼らに憤りさえ覚える。「明日は見ていて。守ってみせるから」有希がしっかりとした口調で二人に話しかけた。



    「テレビ東北の中丸です」事務所裏手に併設されている工場前の受付で名刺を差し出す。川上蒲鉾の前にはテレビカメラのクルーが一〇数人はいただろうか。うちのクルーを含めれば二〇人ほどになる。民放局四社にNHK、大手新聞各社に地元新聞社、通信社にケーブルテレビと、ほとんどのメディアがここに集まっていた。

    「中へどうぞ」受付の女性が左手を伸ばし工場内に入るよう案内する。中に入ると先のほうに止まったままの機械が並んでいる。入口近くに椅子が並べられている。ここで説明が始まるようだ。三〇人は記者が来ている。「ずいぶん来ているなあ……」中丸が呟く。「来ていたのか」暁新聞の大原だった。「今来たところだ」「俺もさっき着いたばかりだ」大原とは宮城県庁の記者クラブ時代に三年ほど競り合った仲だった。妙に気が合うというか他社なのに気を許せる奴だった。

    「どう思う?」「ん?」大原の問いかけに中丸はとぼける。「偽装だよ」大原が椅子に置いてある資料で口元を隠し小声で話しかけてくる。「確認しないと分からん。そのための説明なんだろ」「隠さず説明してくれるか...

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