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広報担当者のための企画書のつくり方入門

持続可能な観光地ブランディング オーバーツーリズム時代の広報企画書の書き方

片岡英彦(東京片岡英彦事務所)

「広報関連の新たな企画を実現しようとするも、社内で企画書が通らない……」。そんな悩める人のために、広報の企画を実現するポイントを伝授。筆者の実務経験をもとに、企画書作成に必要な視点を整理していきます。

急激な観光客の増加への対策

オーバーツーリズムとは、観光客が特定の地域に過度に集中することで、環境や地域文化、住民生活に悪影響を与える現象である。この問題は観光業界において極めて重要な課題であり、持続可能な地域社会と観光業発展のためには無視することができない。単に「観光客を多く集める」広報活動とは異なり、「持続可能な観光地としての発展」のために、広報担当者がどのような戦略を練るかが大きな問題となる。今月号では、オーバーツーリズムに対する「戦略的広報活動」の企画と実施に焦点を当てる。この時代の課題に効果的に対処するための広報戦略と手法を考える。

視点1
教育・啓発を関連づけた広報活動

広報活動と教育・啓発

オーバーツーリズムは観光地における収容能力を超え、地域や環境に過剰な負荷をかける。これに対処するためにも、広報担当者が広報活動の一環として「教育・啓発活動」を取り入れていくことが有用である。広報活動は一般に、企業や組織にとってポジティブなメッセージを効果的に伝える役割を担っているが、このメッセージに教育的要素や啓発的要素を取り入れることで、観光客の行動をより持続可能な方向に誘導することを目指していく。

誰に何を伝えるか

広報活動が効果的に機能するためには、対象となる観光客の明確なプロファイリングが必要だ。年齢層、国籍、興味・関心、観光地訪問履歴、持続可能な観光に対する認識レベルまで、詳細にわたる分析が求められる。例えば、環境問題に対する関心が高いZ・ミレニアル世代には、環境保全に資する行動を促すキャンペーンが有効である。一方で、伝統と文化に重きを置く高齢者層には、地域文化を尊重するような教育プログラムが適切である。

キャンペーンの目的設定

広報活動において教育・啓発を取り入れる際の目標としては「地域文化に対する理解を深める」や「環境負荷を低減する行動を促す」などが考えられる。また、目標設定と並行して、効果測定のためのKPI(Key Performance Indicator)も設定する。KPIとしては、セミナー参加者数、資料ダウンロード数、実際に環境負荷を低減する行動をとった観光客の割合などが挙げられる。目標とKPIの明確な設定によって、広報活動の効果を評価し、さらなる改善を図ることが可能となる。目的に沿ったキャンペーン内容の設計には、多様な手法が考えられるが、具体的な手法としてはワークショップ、セミナー、オンラインコンテンツなどがある。

どの手法を選択するかは、予算と規模、情報の複雑度、さらに対象範囲(リーチ)を考慮する必要がある。例えば、深い理解と対話が必要な場合はワークショップが有効であるが、多くのターゲットに情報を効率的に届ける必要がある場合にはオンラインコンテンツが優先されることになる。

図1 環境保全に資する行動を促すキャンペーンの手法

ワークショップ

長所:対話形式で深い理解と参加者の行動変容が促せる

短所:費用と時間がかかる。規模が限られる

効果測定:参加後のフィードバックアンケート、後日の行動追跡調査など

セミナー

長所:大人数に一方的な情報提供が可能

短所:参加者同士の対話や行動変容が少ない

効果測定:参加者数、質問応答セッションの活性度

オンラインコンテンツ

長所:低コストで広範囲にリーチ可能

短所:一対一での深い対話が難しい

効果測定:アクセス数、エンゲージメント率(例:いいね!やシェア数)

教育と啓発を広報活動に取り入れる際には次の3つの困難があることを踏まえて企画したい。第1に、高度な知識や専門的な情報を簡潔にまとめ、一般の人々に理解してもらわなければならない点だ。第2に、ターゲットオーディエンスの多様性である。観光業においては特に、多文化、多言語の観光客にも対応しなければならない。誤って情報を解釈されてしまう可能性や、事実が曲げられるリスクも存在する。第3に、効果の不確実性である。教育と啓発は、短期間での効果が出にくい。個人によって理解度も異なる。活動の方針を決定する際や、予算や時間など投入すべきリソースを割り当てる際に不確実性をもたらすことがある。

図2 架空の観光地「ブルーシー」での教育と啓発を取り入れた広報活動のケーススタディ

背景

美しい海岸線で知られる架空の観光地「ブルーシー」は、オーバーツーリズムによる環境破壊が進行中であった。地域社会は緊急に対策を必要としていた。

戦略

主に20~40歳、環境に興味を持つ観光客をターゲットと定めた。限られた予算と短い期間で効果を上げる必要があったため、オンラインコンテンツの活用と地元でのセミナー開催の組み合わせを選択

キャンペーン内容

オンラインコンテンツでは「ブルーシーを守る10の方法」をテーマにした動画シリーズを展開。地元セミナーでは環境専門家を招いて、地元住民と観光客に向けた啓発活動

効果測定の結果

オンラインコンテンツのアクセス数5万、シェア数3000。地元セミナーの参加者200人、後日のアンケートで「意識が変わった」と回答した人が90%

成功要因

ターゲットに対する正確な分析と多角的なコミュニケーション手法の採用

今後の課題

セミナーの参加者数は多いが、継続参加が見込めなかった。一過性で終わらない工夫が必要

視点2
オフピーク期を促進する

季節限定イベントで観光客を分散

観光ピーク期での観光客の集中に対処するためには、オフピーク期へ分散させる広報戦略が不可欠である。オフピーク期の魅力を引き出す手段としては、季節限定イベントなどがある。これは、地域の季節性を活用した独自の観光資源を新たに生み出すことを意味する。例えば冬には雪まつり、夏にはビーチパーティーといったインセンティブとなるイベントの提供によって観光客をオフピーク期へと分散させることができる。

季節限定イベントをオフピーク期に提供する際、地域の特色や季節を活かすだけでなく、特定の対象層に特化した環境をつくり出すことが重要である。例えば、学生や教員、フレキシブルな勤務形態の人々などの特定の層に焦点を当てたイベントを企画することが有効である。具体的な手法としては、オフピーク期にスキーキャンプや料理教室を提供し、これに連動して地元の特産品を使った商品や食事のプロモーションを行う。SNSでの効果的な広告戦略も不可欠であり、インフルエンサーと連携してその期間限定のイベントや特典を積極的に紹介する。

オフピーク期への集客分散には、綿密な広報戦略と同時に対象層の心に刺さるような強いインセンティブの開発が不可欠だ。一時性と独自性により観光客に緊急感を与える企画の実施は、メディアでの露出率を高めて、認知度を上げることも期待できる。広報担当者は、インセンティブとその実施手法を練り、特定のターゲット層を引きつけ、彼らに特有のメリットを提供する役割を果たす。施策の効果を評価し、必要に応じて戦略を調整する作業も行う。これによって、観光地はオフピーク期でも安定した運営と持続可能性を追求できる。

図3 オフピーク期の広報施策の例

●インセンティブ戦略の導入:学生が春休み以外に旅行する機会を増やすため、教育機関のニュースレターやLINEで「試験終了後特別割引」などのキャンペーン情報を発信する

●地域資源の活用:冬季限定で地元の温泉施設と連携し、「冬だけの特別温泉パス」を提供。これにより、寒い季節でも地域を訪れる動機をつくる

●プラットフォームの選定:若者が多く利用するInstagramにおいて、冬季限定の温泉やゴルフ場の割引情報をストーリーズで発信する

●コンテンツ戦略:あえてクリスマスやバレンタインなどを季節外れのタイミングで展開し、関連するハッシュタグを用いてX(旧Twitter)で積極的に発信する。(例:#夏のクリスマスセール)

●パートナーシップの形成:地元の食材を活用した料理を提供するレストランと連携し、そのレストランのSNSで「旬の食材を使った夏季限定メニュー」の情報を共有する

オフピーク施策の効果測定

オフピーク期の促進に特有な効果測定では、短期間での参加者数や売上の変化に注目することが一つの鍵となる。例えば、早割や学割などのインセンティブが導入された場合、それが即座にどれだけ新規またはリピートの顧客を引きつけたかを詳細に測定する。

通常の観光シーズンと比べ、少ない参加者数だからこそ、各プロモーションの直接的な影響が明確に読み取れる。また、オフピーク期独自の指標としては、通常シーズンにない種類のイベントやプロモーション(例:季節外れのフェスティバルや地元商品の特価セール)が地域経済にどれだけ貢献したかも重要である。この貢献度は、地元の商店の売上や宿泊施設の稼働率で具体的に評価できる。

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