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広報担当者の事件簿

降って湧いた商品偽装疑惑 「川上蒲鉾」四代目の誇り〈中編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    「川上蒲鉾」に、テレビ東北の記者・中丸から商品偽装について問い合わせが入った。不慮の事故で亡くなった3代目社長の夫・川上涼太と幼なじみだという中丸は、「株式会社川上蒲鉾の商品偽装について」と書かれた告発文を見せる。悔しさに震える有希だったが、事務の高瀬真子からの一言で、あることを思いつく。

    ©123RF.COM

    潔白を証明してみせる

    「どうしてこんなことになってしまうんだろうね」川上有希は机の上に二つ並んだ写真立てを見つめる。「何か言ってよ……」額を机に押し付けた有希の肩は震えていた。

    ドアがノックされると同時にノブが回り社員が慌てて入ってきた。営業担当の井沢真也と事務の高瀬真子だった。「大丈夫ですか?」有希の顔を見た二人が心配した口調で訊いてくる。「大丈夫よ」自席の椅子にかけたまま声をかけると、井沢と高瀬が顔を見合わせる。二人の表情が迷っている。

    「どうしたの?」「記者が来ているんです」井沢が道路に面した窓に顔を向ける。有希が窓からそっと覗いてみると、ジャケットを着た男が一人玄関の前に立っている。携帯の画面を観ながら指を動かしている。「そう……」「どうしますか?」先日電話をかけてきたテレビ東北の中丸という記者だろうか。

    「私が対応するわ。中に入ってもらって」居留守を装って追い返そうかという思いが脳裏をよぎったが、しっかり話そうと思い直す。

    「いいんですか?」井沢が不安そうな視線を送ってくる。〝諒太ならどうするだろうか〞写真立ての中で微笑んでいる顔に視線を落としてから井沢と高瀬に微笑み、頷いた。



    両手に持った名刺を差し出してきた。「テレビ東北で記者をしています中丸と申します。先日はお電話で失礼いたしました」丁寧な口調は電話のときと同じだった。「川上です」有希も両手で名刺を渡す。どうぞと言いながら打ち合わせテーブルの椅子を案内する。社長室といっても簡素で狭い部屋だった。中丸がゆっくりと見回す。

    「狭いところで恐縮でございます」「いえ、突然押しかけてしまいこちらこそ申し訳ございません」両手を膝の上に置いた中丸が丁寧に頭をさげる。「先日お電話でおしゃっていた件でしょうか」中丸は、テーブルの上に置いた有希の名刺をじっと見つめていた。

    「諒太さんはいつ亡くなったんですか」「え?」予想していなかった質問に有希は驚きを隠せない。「諒太さんとは幼なじみでして……中学まで石巻にいました。父親の仕事の関係で茨城に引っ越してからは会っていなかったんですが……」幼なじみと言われても、中丸という苗字は諒太の口から一度も聞いたことがなかった。

    「中学はどちらでした?」念のため訊いてみる。「いきなり幼なじみと言われても戸惑いますよね」中丸が苦笑する。「日和山中学です。私が住んでいた家は昔の市役所の真向かいでした。父親が勤めていた会社の社宅です」中丸は子どもの頃の諒太の話に始まり、一緒に遊んだ場所や諒太から聞いていた友達の名前も出てきた。自宅と店舗を兼ねていた以前の川上蒲鉾のことまで中丸は有希に話した。

    「主人は昨年の暮れに……車の事故で。義母も一緒でした」事故の内容を話すと「あの事故でしたか」中丸が思い出したように頷く。仕事柄覚えていたが、当時は他の取材に奔走していたらしく詳細まで目を通してはいなかったようだ。「よろしければ日を改めてご焼香をさせてください」「ありがとうございます」有希が丁寧にお辞儀をする。

    「偽装しているという情報がうちに入りました。正直、諒太さんのおじいさんとおばあさんが興した川上蒲鉾が商品を偽装しているとは信じたくありませんでした。てっきり諒太さんが社長をしているものだと思って御社のホームページを拝見しましたが、諒太さんの名前がなかったので私の知っている川上蒲鉾とは違う会社なのかなと思ったのですが、調べたら同じでした」ドアがノックされる。高瀬がコーヒーを運んできた。中丸の前に置くと香ばしい香りが漂ってくる。

    「こんな社長でがっかりしたでしょう」高瀬がドアを閉めるとき、不安そうな表情で中丸のほうを見ていた。ドアが閉まるのを確認すると、有希が申し訳なさげに言う。「でも、偽装はしていません。川上蒲鉾の名前に泥を塗るようなことはしたくないし、していないんです」中丸が有希を視る。口は閉じられたままだった。

    「ひょっとして、おばさんと諒太さんですか?」中丸が有希の肩越しに視線を送る。「……そうです」有希が立ち上がり写真立てをテーブルに置くと、中丸のほうに向けた。中丸が両手を合わせ軽くお辞儀をする。「まだ一周忌も終わっていないんですよね」有希がゆっくりとうなずく。

    「従業員一二人の小さな蒲鉾屋ですが、義母と諒太さんが残した会社です。右も左も分からないまま諒太さんがやってきたことを真似ているだけですが……お客様を裏切ることなんてしていません」中丸を視る。「私も記者の端くれとして、事実を報道しなければなりません」中丸がバッグの中からホチキスでとめられた数枚の白い紙を取り出す。これをどうぞ、と言いながらテーブルに置くと有希のほうに滑らせてくる。有希が首をかしげる。「当社に送られてきた封書に入っていたものです。ご覧ください」

    一枚目の左上に〝テレビ東北社会部 御中〞とパソコン文字で印刷されている。読み進めていくうちに、自分の表情筋が強張っていくのがわかる。「これって……」「川上蒲鉾が原材料表記を偽っているという...

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