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広報担当者の事件簿

度重なるシステム障害 銀行の暗部に巣食うもの〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    4度目のシステム障害が発生し、仁和銀行広報部の我聞朔太郎らは対応に追われる。さらにそこに、執行役員の千野吾一が、同じ職場の女性行員への殺人未遂容疑で逮捕されたという衝撃のニュースが飛び込んできた。メディアからの問い合わせ電話が鳴り続け、頭取の波多野啓介がようやく記者会見を開くが……。

    ©123RF.COM

    守るべきは、誰なのか

    「まだ確認が取れておりません」電話対応している広報部員の一人が今にも泣き出しそうな顔をしている。逮捕されたのは審査部長の千野吾一で間違いないかと記者が確認しているようだ。「少々お持ちください」受話口を押さえる。「警察から連絡は入っているのかと訊かれているんですが」誰か助けてくださいと言わんばかりに顔を向けてくる。

    〝警察から連絡は入っている。今、確認に向かっている〞一瞬、対応の手が空いた我聞朔太郎が回答を紙に書きなぐって掲げると、黙読した部員がそのまま回答する。広報部長の木船諒太郎に総務部から一報が入ったのは一時間前だった。

    執行役員で審査部長の千野吾一が殺人未遂容疑で逮捕されたという事実に広報部の全員が凍りついた。システム障害が発生してATM使用に支障をきたしている最中に起きた、これ以上ない最悪の事態だった。今ですら満足なメディア対応ができていないのに、殺人未遂の対応など予想もつかない。しかも執行役員が行内の女性を殺そうとするとは……。

    自席の電話が着信を告げる。「はい、仁和銀行広報部、我聞です」「暁新聞社会部の長谷文太郎と申します。執行役員審査部長の千野吾一さんが先ほど殺人未遂容疑で現行犯逮捕されたことはすでにご承知だと思いますが、被害者が御行の女子行員で千野さんとは上司と部下の関係だと伺っています。事実ですね。確認だけですので、イエス、ノーでお答えください」情報が早い。警察がリークしたのだろうか。

    「どちらからその情報をお聞きになったのでしょうか」「愚問です。質問にお答えいただけますか」警察からの発表はまだないはずだ。「警察の発表でしょうか」メディアがつかんでいる情報をひとつでも多く共有しておきたい。「警察が発表していたらこんな質問はしていませんよ」嘲笑されるかと思ったが、長谷の言葉には怒りが滲んでいた。

    「我聞さんとおっしゃいましたね。御行が社会の信用をどんどん低下させている原因は、そこにあるんじゃないですか」

    「そこ……ですか」長谷は答えを言わない。「質問にお答えいただけますか。もう一度言います。ウラは取れているのでこれは確認だけです」「確認中です」警察がまだ発表していない情報をこちらから言うわけにはいかないと思った。

    「イエスでもノーでもないと」「確認しているところですので、それまでお待ちいただけませんでしょうか」俺は何を守ろうとしているのだろうか……長谷の質問に答えながら自問自答する。守りきれるものと守れないもの、言ってはいけないことと言うべき事実。きちんと整理できているだろうか。

    「何を守ろうとしているのですか?」長谷が我聞の心中を突いてくる。「いや……とくに」「守るべきは被害者の女性行員の方。システム障害ではお客様。守るべき対象をあなたたちはいつも間違えている。間違ったエリート意識があなたたちの信用を貶めている。時間がありませんのでこれで失礼します。我聞さん、広報なら広報らしく対応できるようになってください」受話口からプツリという音が聞こえた。

    広報らしくとはどういうことだろう。腕組みをした我聞が窓外に目をやる。向かいに立つビルの窓に反射した日差しが眩しい。一年前、木船とシステム障害の説明を行ったとき、カメラのライトが眩しすぎて目を開けていられなかったのを思い出した途端、自席の電話がまた着信を告げる。長谷の言葉について考える余地を与えてはくれなかった。

    警察発表が出た。「本日午前九時一〇分、被疑者を殺人未遂容疑で逮捕。被害者は被疑者と同じ職場の女性」仁和銀行執行役員の千野吾一が逮捕されるという社会的にもショッキングな事件。システム障害とは別次元の嵐が襲ってきた。

    「記者会見はやらない。広報で対応しろ。以上だ」頭取の波多野啓介は、システム障害の対策会議で強引に会議を終わらせたという。だが、今は銀行始まって以来の非常事態だ。「龍雅さんが頭取に記者会見をやるよう説得している。何がなんでもやってもらう」木船が広報部員に告げた。常務執行役員の龍雅実紀夫は、行内の良識派として人望が厚い。

    「あの頭取がやるでしょうか」我聞が懐疑的な言葉を口にする。「やってもらうんだ。この期に及んでも広報で対応しておけなどと言ったら、何のためのトップなのか……」木船の席の電話が鳴る。「木船です……はい、すぐうかがいます」受話器を置く。「龍雅さんからだ、ちょっと行ってくる」。

    千野の逮捕を受けて波多野がようやく重い腰をあげた。しかし、記者会見での波多野は目を覆いたくなるような対応だった。視線はテーブルに向けられ用意された想定問答をなぞりながらの回答に終始した。抑揚のない言葉に温度は感じられず、まるで他人事として説明しているとしか映らない。

    「いったい何のための会見なんですか!」記者が声を張り上げる。会場のあちらこちらから怒声が響く。「お静かにお願いいたします」マイク越しの木船の声がかき消されそうだった。しばらく待って...

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