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広報担当者の事件簿

度重なるシステム障害 銀行の暗部に巣食うもの〈中編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    仁和銀行で4度目のシステム障害が発生。首都圏にある支店と提携ATMが停止する事態となった。それでも頭取の波多野啓介は広報での対応を指示。常務執行役員の龍雅実紀夫が波多野を説得する裏で、広報部長の木船諒太郎らは対応に追われていた。そこに入った一本の電話によって事態はさらに悪化していく。

    ©123RF.COM

    それでも広報が対応する

    数多の銀行が合併を重ね、二〇〇七年三月に仁和銀行が誕生した。合併当初からATM(現金自動預払機)の安定稼働には不安材料があった。複数のメーカーが設計した機械をメインコンピューターでつなげば、いずれ不具合が発生すると囁かれていた。システムエンジニアたちが不具合を見つけては改修し、利用者の不便は最小限にとどまっていた。軽微な不具合は年間数十件発生していたが、幸いにも利用時間外だったり、ごく一部の地域に限られていたことでメディアはもちろん多くの利用者の関心を引くことはなかった。

    銀行が淘汰され合併を繰り返していく中で、看板は新しくなっても行内の意識や人の刷新は遅々として進まなかった。そればかりか出世欲にまみれた権力闘争を繰り返す醜態ばかりがメディアに取り上げられ、「銀行という組織は伏魔殿だ」と揶揄されるありさまだった。固定費削減を目標に掲げ、人員削減を繰り返すうちに置き去りにしてきた問題の一端が、大規模なATMのシステム障害という形で表面化された。


    二年前。
    「銀行は誰のものですか」常務執行役員の龍雅実紀夫が全員に問いかけるように見回す。会議室の最奥に頭取の波多野啓介が鎮座し、巨大な楕円のテーブルを囲むようにすべての役員が座り、壁沿いには関係部長が控えている。誰も口を開かず、体を揺らす者もいない。龍雅の言葉にどう反応すべきか全員が思案している様を装っている。

    「誰のものなんですか」龍雅が繰り返す。「それを訊いてどうなるんですか、龍雅さん」耐えかねた波多野が龍雅に顔を向ける。「波多野さん、あなたの考えはいかがですか」波多野を苗字で呼んでいるのは龍雅だけだった。「銀行は誰のものかということかね」波多野の問いかけに龍雅がうなずく。「我々銀行を必要としてくれるすべての人のためだよ」「そのとおりですね」分かり切ったことを聞くんじゃない、とばかりに波多野が苦々しい表情をつくる。

    「一昨年五月に最初の障害が起きた。そして今回(二〇二一年九月)が二度目のシステム障害によるATMの停止。利用者は困っていらっしゃる。同時に、我々は原因を究明し、謝罪し、説明をする責任があります。ああ、また仁和がやらかしたんだな。どうしようもねーな。と、私だったら不満タラタラになります。他行に乗り換えることも当然考える。今回は、前回のような紙切れ一枚渡して済むような状況ではないと思いますが、いかがですか」

    波多野を視てからゆっくりと出席者全員に目を向ける。下を向いてしまう者もいれば、固まったまま微動だにしない者もいた。会議室が静まり返る。

    「お客様、株主そしてメディア。紙一枚で納得いただけることではないと思いますが、皆さんいかがですか」龍雅の視線が鋭くなる。はなから発言など期待していない。出世しか頭にないエリート気取りに、嵐の中へ飛び込む勇気のある奴などいないだろうと考えていた。案の定、誰も発言しない。

    「府月さん、広報としてどう考えていらっしゃるだろうか」龍雅が左斜めに顔を向ける。「……はい。今回は資料をお配りするだけではメディアは納得しないのでは……ないかと」うつむき加減で弱々しく答える。波多野に引き上げられた手前、出世の弊害となるような“失言”はしたくないのだろう。広報担当執行役員とはいえ広報経験ゼロの府月かおりに訊いたところで答えが出るとは思っていない。龍雅の中ですでに答えは決まっている。

    「広報部長、どうかな」府月の後ろに控えていた木船諒太郎を見やる。「どなたかがしっかりと説明すべきかと思っています。記者会見がベストではないかと思います」待っていた答えを木船が言う。「我々広報が説明することはできますし、前回も資料をもとに説明はしました。ですが、以前にも申し上げましたがメディアは責任ある役員に説明を求めてきます。記者会見が妥当かと」

    さっきからテーブルを何かで叩く音がしている。全員が木船の言葉に耳を傾けているものと思っていたが、一人だけ違ったようだ。波多野が手に持ったボールペンの先でテーブルを叩いているのが視界に入る。

    「ATMが止まったぐらいで記者会見をやるかね。これまでも何度か止まっているがすぐに復旧している。事情を知らないメディアがここぞとばかりに騒ぎ立てるから我々が悪者にされてしまうんだ。こんなことは広報で対応しておけばいいだろう」波多野の言葉に出席者の何人かが頷いてみせる。「限定的な停止ならまだいいですが、今回は首都圏にある本行と提携のATMに影響が出ている状況で、何の説明もないまま放置するわけにはいかないでしょう」

    「説明をしないとは言っていないぞ。放置するとも言っていない。広報で対応すればいいだろうと言ったまでだ」波多野の語気が荒くなる。

    龍雅が口角をあげて微笑む。「何がおかしい」「説明する気はないということですね」「だから広報が」顔を赤くした波多野が唾を飛ばす。一瞬、顔をしかめた龍雅が「あなたに訊いているんです」とゆっくり問いかける。「記者会見は必要ない!」憤怒の...

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