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メディア研究室訪問

メディアが形づくる社会システムを解き明かす、埼玉大 内木ゼミ

埼玉大学 教養学部 現代社会専修課程 内木哲也ゼミ

メディア研究などを行っている大学のゼミを訪問するこのコーナー。今回は埼玉大学の内木哲也ゼミです。

内木ゼミのメンバー

DATA
設立 2000年
学生数 3年生9人、4年生16人、大学院生4人
OG/OBの主な就職先 広告会社、IT・情報サービス企業、金融・証券会社、地方公務員など

埼玉大学の教養学部では、人間の過去と現在について深く幅広く学び、それを活かして人や社会、地域間の橋渡しができる人を育てることを目標としている。現代社会専修課程のうち社会コミュニケーション専攻では、社会学とメディア・コミュニケーション論を学問的な柱に、社会の現状を的確に捉え、今後の社会を構想して創造する人材を育成している。

あらゆるものが「メディア」

内木哲也教授のゼミでは、情報システムを社会や組織で実際に使用される状況や場面などの文化的側面から「メディア・コミュニケーション」と捉えて研究している。同教授のいう「情報システム」とは、コンピュータシステムをはじめ、社会生活において、人々にコミュニケーションの場を提供する多様なメディアで形づくられる社会システムのこと。内木教授は「1960年代に『メディアはメッセージ』と論じたマーシャル・マクルーハン同様、すべてのものがメディアだと考えています」と話す。

ゼミでは、ゼミ生が捉えたメディアとそれが形づくる情報システムについて、内木教授と1対1の対話によって相互に気づきを重ねながら考究している。3年生は、毎日の主要なニュース番組(NHK、民放、ネットニュースなど)をゼミ生で分担して視聴し、気になったトピックとその理由を週に1度発表、これに内木教授がコメントする。1年ほど続けると、現状が把握でき、自らの興味関心やマスコミによる問題の取り上げ方なども分かってくるそう。ゼミの親睦を深める行事として、展示会見学や工場見学なども行う。

「社会学系のメディアでは、社会の捉え方自体を揺さぶる必要がありますが、ともすると学生の意見を否定することはアカハラになるリスクをはらみます。そこで3年次には、互いの人柄を知り、忌憚のない意見が言い合える関係を築くことにもっとも重点をおいています」(内木教授)。

4年生は、春に全ゼミ生が卒論のテーマを提案し、夏休みには中間発表を行う。その後、各テーマに沿ってアンケートやヒアリング調査、文献調査などを行い、ここでも内木教授と1対1の対話を重ねながら卒論を進めていく。

2022年度のテーマは、ゲーム好きなゼミ生が自ら運営に関わった競技コミュニティの実情を考察した「対戦アクションゲームコミュニティから見えるe-sports/ゲームの新たな価値-スマブラ競技コミュニティの実態調査に基づいて-」や、自らの視聴行動の分析に基づき、同年代の若者の倍速視聴の実態を調査した「若者が動画視聴にコスパを求めるメディア環境について-倍速視聴者に関するヒアリング調査から-」などがあった。

サントリー武蔵野ビール工場で、企業活動としてのリアルなコミュニケーションのあり方を学ぶ。

国立歴史民俗博物館にて、日本の社会や文化の形成過程と共に展示を介したコミュニケーションのあり方を学ぶ。

単位はないが親密になれるゼミ

2013年度の卒論では「現代の女子学生の結婚観」をテーマに、結婚後の仕事や子育てをどう考えるか、子育てにパートナーの助けを期待するかなどの設問でアンケート調査を行ったゼミ生がいた。彼女は「両親の仲が良好だと、子どもは結婚に期待を膨らませる」という仮説を立てていたが、調査では、親の仲が良いかどうか子どもはよく知らないことが分かったそう。

「こんなに真剣に回答したアンケートはほかにないと、女子学生たちが話していたのが非常に印象的でした。それだけ自分事として考えたのでしょう。子どもができたら仕事を変えたいと答えた学生も多数いて、彼女たちの現実的な視点とメディアの言説とのギャップに驚かされました」(内木教授)。

埼玉大学では、単位のつく「演習」の科目を通じて卒論を書く学生もいる一方、ゼミ(単位なし)は課外活動(ゼミを通じて提出する卒論には単位がつく)であるため、学生にとっては「コスパが悪い」そう。その上、校外学習や合宿などを通じディープな関係を築く内木ゼミを選ぶ学生は真面目で個性的。休学してワーキングホリデーで海外に行くなど、自由な学生も多い。

「ゼミ生にはメディアの特性をよく理解した上で賢くつき合ってほしいですね。それには、自分の立ち位置や視点をまとめておくことが大切。卒論がその一助になればと思います」(内木教授)。

ITの専門家から情報システムを社会学的に捉える研究者へと転身

合理的で明確に問題を解決できる理系の分野が自分に適していると感じ、大学院でも計算機工学やソフトウエア工学を究めていた内木教授。当時、多くの技術者がそうであったように、技術をもってすればすべての課題を解決できると考えていた。

しかし、同氏が研究していた先端技術を用いたネットワークシステムは、就職先の企業ではほとんど役に立たなかったという。その後、PCを使って、誰でも書き込める簡易な社内コミュニケーションツールをつくったところ、若手社員を中心に大いに活用され、同氏の退職後もしばらく使われたという。「コンピュータは、人々のコミュニケーションが織りなす社会的文脈の中で使うものだと気づかされた瞬間でした。この時の経験が現在の研究のきっかけになったと感じています」。



内木哲也(うちき・てつや)教授
慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程電気工学専攻修了(工学博士)。野村総合研究所勤務(情報システムコンサルタント)、東洋大学専任講師・助教授を経て、2000年4月から埼玉大学教養学部助教授。2004年4月から現職。専門は情報システムの社会学的研究とメディア・コミュニケーション。

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