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メディア研究室訪問

社会のDXにメディア環境の観点からアプローチ 長野大学 前川道博ゼミ

長野大学 企業情報学部 前川道博ゼミ

メディア研究などを行っている大学のゼミを訪問するこのコーナー。今回は長野大学の前川道博ゼミです。

前川道博ゼミのメンバー

DATA
設立 2005年
学生数 2年生3人、3年生5人、4年生8人
OG/OBの主な就職先 広告会社、システム開発会社、デザイン会社、銀行、観光関連会社、地方公共団体など
https://mmdb.net/maekawa/msemi.html

長野大学企業情報学部では、学生一人ひとりが社会の課題を捉え、そこから研究テーマを設定して実践的に課題解決に取り組む「プロジェクト研究」(ゼミ)を学習の中心に置く。主体的、かつ複合的な専門分野(経営、情報、デザイン、メディア)を背景に、学際的な知の活用を行う学びに取り組んでいる。

前川道博ゼミでは、メディア環境デザインを共通項に、社会のDX化や地域資料のデジタルアーカイブ化、ICTを活用した地域づくり・学習支援などを通して、問題解決が図れる人材となることを目標としている。「メディア環境のデジタル化が進んだ現代において、旧来の構造では社会が立ちゆかなくなりつつあります。何が問題でどう解決できるのか。当ゼミではその問いによって、社会に隠れてしまっている課題を引き出し、メディア環境の観点からのアプローチによって実践的に解決することを学んでいます」と同教授は話す。

生きた社会を面白がる課題解決型の学び

2022年度にスタートした「藤本蚕業プロジェクト」では、地域資料のデジタルアーカイブ化とそのサイト構築に取り組んだ。藤本蚕業は、かつて日本の蚕種製造を牽引した代表的な企業。資料館が設立されるも活用されない状況が続いていた。資料がつまらないからなのか。この課題を学生目線で捉えた結果、資料は発見の面白さに満ちた情報源だったという。知識循環型社会における知識の源泉の一つは一次資料。「先入観なく資料に向き合う方が一次資料の価値づけにもつながる」と前川教授は言う。

同年度は、長野県上田市立塩尻小学校と同神川小学校の児童、同菅平中学校と長野県蓼科高校の生徒を対象に、タブレットとデジタルコモンズ環境を用いた地域学習支援にも力を入れた。地域の面白さを引き出し、アウトプットすることにより自身の理解につなげること。アウトプットをお互いに確認し合うことで、学び合う面白さを感じてもらうことが主眼だった。

ゼミ生たちは逆境に直面する場面もあったが、「その中で困難を乗り越えていく力をつけていくことに意味がある」と前川教授。蓼科高校では、授業をどのように計画すると生徒たちが地域を面白がり、主体的に学びたいと思うのかという課題にゼミ生がチャレンジ。前川教授に代わって蓼科高校の地域科目「蓼科学」を担当した。

「デジタルアーキビスト養成講座」(オンライン開催)で「藤本蚕業歴史館」のデジタルアーカイブ化作業に取り組んだ学生。一次資料から生きた歴史を発見しひも解く学習の面白さをYouTubeで解説している様子。

ゼミ学生がタブレットを使った小学生の地域学習を支援。地域を探検し、デジタルコモンズサイトに児童みんなで投稿し合った。

知識循環型のデジタルアーカイブを支援

印象深い研究として、前川教授は以下の2つを挙げている。1つは、地域デジタルコモンズクラウドサービス「d-commons.net」の開発によるDX化支援。2019年度に、下諏訪町立図書館の委託で、地域写真をネット公開した「みんなでつくる下諏訪町デジタルアルバム」の構築支援を機に、教授とゼミ生が概念設計を行った。ゼミ生は、プログラム開発者や図書館職員に混じる形で、若者ユーザー目線を意識しながら、分かりやすく誰でも簡単に使えるデザイン仕様を提案。「学生が提起したコンセプトは、継続的に活かされています」(前川教授)。

2つ目は、前述した神川小学校での地域学習支援だ。同校OGでもあるゼミ生が、学内の資料館「山本鼎先生(神川地区を拠点に児童自由画教育を提唱した画家)の部屋」が“開かずの間”化していたことなどから、タブレットを活用して児童が自分の眼で地域を捉え、伝える学習プランを学校側に提案した。タブレット活用がうまくいかない学校も多い中、ゼミ生の働きかけにより、児童が主体的に学習しアウトプットを共有する学びが実現した事例だ。

「ゼミ生には、メディアに関する概念的知識や技術・メソッドを習得するのみならず、社会課題の背景にある構造を自ら捉え、真の原因から根本的な解決策を導出できる力を身につけてもらいたいですね。社会のイノベーションに貢献できる人になってほしいと願っています」(前川教授)。

「思うがままに」(As We May Think)が原点
知識循環の実現を目指す

科学者ヴァニーヴァー・ブッシュによる1945年の論文“As We May Think”を機にメディア環境学に関心を持った前川教授。論文発表から半世紀近くが経過した頃、自律分散型のコンピュータとネットワークが人間の主体的活動をあまねく支援できる知識環境に発展すると確信したことが現在の研究につながったという。その後、山形に東北芸術工科大学が創設され、新しい教育分野であった「情報環境」に教員として関わることに。

現在は、知識循環を支援するメディア環境の実現を目指している。「当たり前のように皆が知識循環を享受できる社会こそが真のDXだと考えています」。同教授の出身地、茨城県かすみがうら市などの地域を記録する個人ウェブサイト「マッピング霞ヶ浦*」も四半世紀以上運営中だ。

前川道博(まえかわ・みちひろ)教授
茨城県出身。映画・映像の研究に携わった後、システムエンジニアに転じる。1992年から東北芸術工科大学で地域情報化に関わり、市民参加型ネットの実現を目指し、学習支援サービス「PopCorn/PushCorn」などを開発。現在はデジタルコモンズクラウドサービス「d-commons.net」の研究開発、デジタルアーキビストの養成支援に取り組む。専門はメディア環境学。

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社会のDXにメディア環境の観点からアプローチ 長野大学 前川道博ゼミ(この記事です)
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メディアの活用を通して地域や文化、組織の課題を解決する 兵庫県立大学 井関崇博研究室
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