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広報担当者の事件簿

廃れた地方の温泉地 再生に向けた広報施策〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    すっかり人通りが途絶えた温泉街・石鍋市の観光協会に勤める大佐古茂と姫川雄太は、街に活気を取り戻すため「3Dアーティスト集団」の穂戸田大我と朝比奈玲らと組んでイベントを開催することを決めた。新しいことを嫌う商店街組合の理事会から何とか了承を取りつけ、いよいよ本番に向けて準備を開始したが⋯⋯。

    ©123RF.COM

    温泉街の全員で、前へ。

    「相変わらずね」石鍋市観光協会でアルバイトスタッフとして働く川北夕子が溜息を吐く。「失敗を前提に話していますからね。可哀そうになってきます」事務課長の姫川雄太がさっきまで開かれていた理事会を思い浮かべる。

    「我々はまだ二〇代の若造です。皆さんからすれば孫のような歳です。超高齢化、少子化が加速していくことが分かっているこの国の未来は我々若造が継いでいかなくてはならないんです。騙されたと思って一回やらせてください!失敗したら費用はいただきません」3Dアーティスト集団の穂戸田大我が放った強烈な言葉が姫川の胸を熱くする。

    理事たちは穂戸田の言葉を下を向いたまま聞いていた。若者に事実を突きつけられ、なにも言い返せないもどかしさが理事たちの顔を上げさせなかった。

    「あの人たちなりに頑張ってきたんだろう。この街をよくしたい、賑やかにしたい、活気を持たせたいと意気込んでいた時代があったと思う。温泉街が廃れはじめ、商店街の賑わいも遠のき、石鍋は忘れ去られた温泉地になろうとしている。焦りもあるんじゃないのかな」事務局長の大佐古茂が話す。

    「でも妙案がなかった」川北が大佐古の言葉をつなぐ。姫川と川北に視線をやりながら大佐古が盛大にうなずいてみせる。「彼らにかけてみよう」今はそうするしかない。

    「今回の企画内容は以上です」説明を終えた穂戸田が三人に顔を向ける。イベントでは、穂戸田の隣に座る朝比奈玲がライティングで幻想的な空間をつくり出す。どこからそんなイメージが湧いてくるのか、いつか訊いてみたいと姫川は考えていた。「いよいよ準備開始ですね」大佐古が口を開く。説明を受けた三人の心が弾む。

    イベントですぐに観光客が戻ってくるほど簡単なものではないことは分かっている。イベントを開催することで、まずは活気を溢れさせてほしかった。そして、忘れ去られようとしている温泉街が“がけっぷちで留まる”姿を晒すことで、商店街の理事や温泉宿の人たちに現状を直視してほしかった。

    もちろん温泉街の再興はしたいが、高望みすぎる。穂戸田や朝比奈には街の現状を洗いざらい話していた。彼らはすべてを受け入れて協力すると話してくれた。

    「お金のためじゃないんです。私たちは仕事がないとき、この温泉街のはずれにある民宿に泊めていただいたことがあります。その時、ご主人が石鍋市の歴史や現状を話してくれました。料理は美味しいし何よりご主人の人柄を好きになりました」朝比奈が初めて観光協会を訪れたときに話していたことを思い出す。「あのご主人にご恩返しするためにも、イベントは絶対に成功させます」大佐古に向けた朝比奈の真剣な眼差しは忘れられない。

    イベント開催まで二カ月。できない言い訳ばかりをしていた理事たちも含め関係者全員が意識を共有することが重要だ。「私たちが感動しなければ来場された人たちに感動は与えられません。最後までベストを尽くしてやり抜きます」穂戸田が力強く言った。

    日が落ちると街には暗闇が訪れる。夕方にはどの店もシャッターを下ろす。観光客が来ない商店街ほど寂しいものはない。精肉店の前を通りかかると、陳列ケースにコロッケやメンチカツといった総菜が並んでいた。食欲をそそる匂いが通りに漂ってくる。

    駅の方向に振り向くと人がひとりも歩いていない。こんな街に、本当に人がやって来るのだろうかと不安ばかりが脳裏をよぎる。

    「そんなことをやるなんて聞いてない!」精肉店の店内から怒鳴り声が聞こえた。「そもそもこんな街でイベントやったって人が来るわけないだろ!」どうしたのだろうと踵(きびす)を返す。

    店内を覗くと泉田菓子舗の社長で商店街組合理事長の泉田温夫と精肉店の店主が向き合うように立っている。穏やかな雰囲気ではない。店主が手に握った紙を上下に振りながら泉田と話しているようだった。

    「どうかしました?」声をかけてみる。二人が視線を向けてくる。「ああ、大佐古さん」泉田が片手をあげる。「どうもこうもない。イベントをやるなんて俺は聞いていないぞ。観光協会も絡んでいるらしいじゃないか」理事会で決まったことが店主に伝わってないようだ。

    理事会では、泉田を含め五人いる理事が手分けして商店街の各店舗へイベント開催に協力してほしい旨を説明することになっていた。イベントの成功は商店街の協力が欠かせない。その後の理事会で、全店舗の説明が終わり協力を得られたと理事全員から報告を受けていた。

    「前田さんが説明に来ませんでしたか?」大佐古が訊いてみる。「来ていない」不機嫌極まりない顔の店主が答える。「今度のイベント、よろしくお願いしますね」と店前を通りかかった泉田が挨拶すると「なんの話だ?」となり、泉田が経緯を説明しているところ...

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