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広報担当者の事件簿

度重なるシステム障害 銀行の暗部に巣食うもの〈前編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    度重なるシステム障害により、世間から批判を受けていた仁和銀行で不祥事が発生。誠実とはいえない謝罪会見では記者たちの怒号が飛び交う。ようやく落ち着きかけた頃、マイクを手に発言した暁新聞社会部の長谷文太郎という名に会場が静まり返った。そして時は3度目の障害が発生した2022年1月にさかのぼる。

    ©123RF.COM

    「それではこれよりご質問をお受けいたします。ご質問のある方は挙手のうえ、私がご指名をさせていただいたあとで社名、氏名を名乗ってからお願いいたします」広報部長の木船諒太郎がマイク越しに告げる。

    「本件、御社ではいつ把握していたんですか」席から立った男性記者が単刀直入に訊く。「あの、社名、氏名を名乗ってからご質問いただけますか」木船が注意する。「なぜ毎回毎回、名乗らないといけないのか。我々は会場入り口で名刺を渡して、社名も名前もそこで告げている。どこの誰が何を質問したのかチェックしたいだけだろ」まわりの記者が頷く。

    「これは新商品の発表会じゃないんだ。不祥事の記者会見でしょうが。社名や名前を名乗る時間ももったいないんですよ。こっちはそんな時間があったら一問でも多く質問したいんだ」会場がざわつきはじめる。「早く進めてくれよ」会場の後方で声があがる。これ以上こだわると収拾がつかなくなりそうだった。「分かりました。ご質問をお願いいたします」

    ひな壇には頭取の波多野啓介、常務執行役員の龍雅実紀夫と広報担当執行役員の府月かおりが殊勝な顔で並んでいる。「波多野さんにお訊きします」壁際に立っていた広報課長の我聞朔太郎は、一瞬、誰が呼ばれたのか分からなかった。頭取の名前だと思い出したのは、質問を続けた記者の言葉だった。「頭取としての責任はどのように感じられているのか」

    日頃、上司を名前で呼ぶことなどなかった。すべて役職で呼ぶ暗黙のルールがある。“上司は絶対”が体に染みついていた。底辺の広報担当者が頭取と言葉を交わすことなどない。だがそれは、銀行という閉ざされた世界の話であって、世の中では異常なルールなのかもしれない。我聞はこの時、はじめて疑問に感じた。

    「度重なるシステム障害だけでもATM利用者の数百万人が迷惑を被っている。数日前にも起きたばかりです。そこに今回、御行役員による殺人未遂。しかも相手は行内の女性だった。あなたは責任をどれほど感じていらっしゃるのか」あらかじめ用意された資料を波多野が捲りはじめる。

    「波多野でございます。システム障害では利用されておられる方々に多大なご迷惑とご心配をおかけしておりますことをこの場をお借りしてお詫び申し上げます。また、本日発生いたしました当行執行役員、千野吾一の逮捕につきましても関係する皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます」会場の四方で手があがる。

    「腕まくりをしたそちらの方」木船が前方に座っている記者を指名する。「まだ質問に答えていないだろ!」前の質問をした記者が不満を爆発させる。「おひとり一問ずつでお願いいたします。次の方どうぞ」かまわず別の記者に質問させる。「波多野頭取にお訊きします。役員が女性行員を殺そうとした事実をどう受け止めていますか?それと、この二人はどういう関係だったんですか」記者の質問に波多野がため息をつきながらテーブルに置かれている資料をまた捲る。

    「えー、重く受け止めております」「二人は上司と部下という関係でした」隣に座っていた府月が答えを付けくわえる。記者たちの手が一斉にあがる。不謹慎だが、幾重にも伸びた手が我聞には土筆(つくし)に見えてしまう。「それでは⋯⋯一番後ろの女性の方」木船が背伸びをしながら後方に顔を向ける。

    「先ほどから資料を読みながら回答しているようですが、ご自分の言葉でおっしゃることはできないんですか。私にはあなた方が他人事としか考えておらず、嵐が過ぎるのを待っているだけのように見えてなりません。こちらの質問にきちんとお答えください。この会見はあなた方が我々を呼んだのでしょう」会場のあちこちで頭が上下するのが見てとれる。

    「いったい何のための会見なんですか!」別の記者が声をあげる。「自分たちを守るための会見ですか!」また違う記者が声を張り上げる。まるで風船が割れたように会場のあちらこちらから記者たちの怒声が響く。「お静かにお願いいたします」マイク越しの木船の声がかき消されそうだ。

    しばらく待ってようやく声が止んできた。最前列の記者が手をあげる。咄嗟に我聞がマイクを渡す。「暁新聞社会部の長谷文太郎と言います。波多野頭取、これでは会見は成立しません。あなた方は何もお答えになっていない。明日改めて記者会見を開いていただけますか。皆さんで一晩よく考えてください」名前を聞いて会場が静まり返った。


    一年前。「これで三度目だぞ。何回やれば気が済むんだ」頭取の波多野が声を荒げる。二〇二二年が明けてまだ一週間も経っていないのに、全国に設置されている提携銀行のATMは朝から利用できない状態が続いている。

    “仁和銀行でまたシステム障害が発生しています...

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