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広報担当者の事件簿

迫り来る巨大台風の危機 命を守るための危機管理〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    迫り来る巨大台風の危機命を守るための危機管理〈後編〉

    【あらすじ】
    広大な敷地に咲き誇る花々を楽しむ屋外イベント「エレガンスガーデンフェスタ」。今年も多くの人で賑わっていたが、閉幕まで20日足らずのタイミングで、巨大台風が接近。広報を担当する駿河広告の松田洋一は、会場のI市を直撃する可能性を想定した対応に追われていた。そして安全確保のため臨時休園を決める。

    一人では、何もできない

    「なんで入らせないんだよ!せっかく来たのに」三十代とおぼしき男が入り口で男性警備員に詰め寄っている。男の傍らには妻らしき女性が三歳ぐらいの女児を抱いて立っていた。「台風が接近しておりまして、皆さまの安全を考え臨時休園としております」「こんなに天気がいいんだぞ。問題ないだろう」男は引き下がろうとしない。

    「天候が急激に変化する可能性がございます。風も強くなってきておりますので⋯⋯」理解を求めようと警備員が説明する。「ちょっとだけでも見せてくださいよ。家族で楽しみにしてきたんですから」女児を抱いたまま女性が語気を強める。

    駐車場に車を停めたばかりの松田洋一は遠目にそのやり取りを見ていた。困惑の表情を浮かべた警備員と視線が合う。「どこに台風がいるんだよ。こっちは車で二時間かけて来てるんだ。少しぐらいいいだろうが!」警備員の制止をふり切り家族で中へ入ろうとする。

    I市で二年前から開催している「エレガンスガーデンフェスタ」。初回は五万人、昨年の第二回は一五万人が来場し、花々を愛でている。第三回となった今年は期間をさらに約一カ月延長し、七月中旬から九月下旬までの二カ月半にわたり開催されている。閉幕まで残り二十日足らずだった。

    開催前からツイッターやインスタグラムで日々のエレガンスガーデンの様子を毎日更新し、フォロワーは一〇万人を超えた。二万三千坪に七〇品種、二三万株の花々が咲き誇る様子は圧巻としか言いようがない。初めて訪れる来場者は言葉を失い、感嘆のため息をついてしまう。わざわざ二時間もかけてきた家族が文句を言いたくなるのは、松田にも十分理解できた。

    「お客さま」松田が小走りで警備員に近づき、視線の先にいる男に声をかける。松田の呼びかけに男性が怪訝な表情になる。「なに?」「誠に申し訳ございません。これまでに経験のない台風が接近してきております。我々運営側も残念でなりませんが、皆さまの安全を第一に考え、やむを得ず本日の開園を中止とさせていただいております」一人でも例外をつくってしまえば、それは前例になる。

    「この人もさっき言ってたけどさ」男が警備員を顎でさす。「台風なんてどこにいるんだよ」空を見上げながら目だけを左右に動かす。「先ほどから風が出てきております。これは台風の風でして、これからどんどん強くなり、数時間のうちに雨も降りだす予報が出ています」松田は最新の予報を説明した。背中に気配を感じ振り向くと、いつの間にか管理事務所の色川祐樹がいた。色川は一週間前に所長になっていた。松田と視線を合わすと首を縦に動かす。

    「我々も苦渋の決断なんです。昨日までで十八万人の方々にご来場いただいております。本当にありがたいことです。それだけに、ご来場される方々の安全を最優先することも我々の責任だと考えているんです。どうかご理解ください」松田の"熱"に夫婦が黙り込む。男の肩から力みが抜けていく。「分かりました。こちらこそ申し訳なかったです。楽しみにしていたのでつい⋯⋯」と頭をさげる。母親に抱かれた女児が「おしゃなきれい」と会場入り口に咲いているヒマワリを指さして無邪気な笑顔をみせる。

    「お花きれいだね。もっといっぱいのお花見るのはまたにしようか」男性が父親の顔になり優しくほほえんだ。

    画面では超大型の台風一二号が明朝に東海地方を直撃すると伝えている。南大東島を通過する際に五五メートルだった最大風速はやや弱くなったものの、まだ四五メートルあるという。東海地方がすっぽりと覆われるほど巨大な台風だった。

    雨量は今後二四時間で一〇〇〇ミリを超え、河川氾濫の危険性が高い。エレガンスガーデンは幸いなことに高台にあるが、高台ゆえの危険もある。雨以上に風が怖かった。

    それでも二三万株の花々を守らねばならない。気象庁が「五〇年に一度の災害が迫っている」と記者会見で伝えている。この日はI市の職員と園内管理会社、松田をはじめエレガンスガーデンフェスタを運営する駿河広告の社員が管理事務所に待機していた。総勢三〇人。会話をしている者はいない。全員が固唾をのんでテレビに映る荒天の海を見つめている。窓外に目をやると、雨粒が窓ガラスを濡らしていた。

    「急がないと⋯⋯」松田がつぶやくと、合図を待っていたかのように全員があわただしく雨合羽を着て園内に飛び出していく。松田ら駿河広告のスタッフ数人も雨合羽を着こむ。「松田さん、SNSはどうしますか」事務所に残る女性スタッフが声をかけてくる。色川の判断を仰がなければならない。「任せます」会話を聞いていた色川が松田を見て即答した。

    「とにかくツイッターで現状を発信してくれ。インスタグラムでも動画を発信し続けてくれ。危険が迫っていることを、現場の様子を通じて発信するんだ」そう言いながら松田は外に飛び出した。あの親子に帰ってもらってよかった...

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