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広報担当者の事件簿

誰もが批判の対象に SNSが持つ破壊力

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    伏せられた不都合な未来偽りの事業戦略〈前編〉

    【あらすじ】
    「当社の経営が重大な局面を迎えております」。ツイッターで太洋旅行名城支店の春名美香が突然告発した。国内旅行部門の花岡冬樹はアカウントの乗っ取りを疑うが、同期の海藤志朗からある事実を告げられる。それは、日本を代表する旅行会社の太洋旅行が来年、事業停止する可能性が高いという衝撃の内容だった。

    「事業停止」の可能性

    【緊急連絡拡散希望!お客様各位】

    ご入金された代金の返金手続きをお急ぎください!当社の経営が重大な局面を迎えております。これは大切なお客さまへの極秘情報です。まだ対外公表されていない情報ですが、代金を回収しないといずれ返金対応できなくなる可能性大です。信じがたいとは思いますが、嘘やデマではありません。どうか急いで店舗に行ってください。

    「怪しいなあ」ツイッターの画面を開くと、太い文字のつぶやきが目に入る。発信者は名古屋市内にある太洋旅行名城支店でカウンター業務を担当している春名美香だった。「ひょっとしてアカウント乗っ取られたのか?」花岡冬樹は眉をひそめながら携帯の画面をみる。昼どきともなると秋葉原は人でごったがえす。花岡は先月オープンしたばかりだが美味いと評判のラーメン店に、同期の海藤志朗と並んでいた。

    春名とは二カ月前に名古屋市で開催された国内旅行部門の全体会議で知り合った。会議が終わったあとの懇親会で意気投合し、アカウントを交換していた。「春名さんがつぶやく内容じゃないよな?だいいち彼女がこんな情報知るわけないだろうに」念のため、周りに聞こえないよう気をつかいながら海藤につぶやく。「ん、うん、そうだなあ」どこか生返事に聞こえる。「どうした?」「なにが」「いや、なんとなくうわの空って感じだからさ。お前、先週酔いつぶれてからなんかおかしいぞ」「そうか?気のせいだろ」海藤が笑う。

    顔色をあまり変えない海藤に落ち着きがないようにみえる。いつも落ち着いた態度の男だからこそ、わずかな変化が目立つ。春名がつぶやいたツイッターの話題を持ち出した途端にだ。周囲の耳もあり、花岡はそこで会話をやめた。八組待ちだった順番もあと一組。続きは会社に戻ってからにしよう。花岡が考えていると「戻ったら時間あるか?」と海藤が声をかけてきた。花岡は「ああ」と短く答えた。

    創立から六十五年を迎えた太洋旅行株式会社。従業員数七千三百七名。東証一部に上場している売上高四千億円の日本を代表する旅行会社である。スマートフォンの画面から数分で旅行の計画を立てられる今、ネット予約は当たり前になっている。若い世代は買物もネットで済ませる時代。ここ十年、店舗の来店客数は減少の一途を辿っている。

    危機感を抱いた会社は三年間の事業戦略"TAIYO2021"を策定し、先日、マスメディアを集めた記者会見で社長の富浦与四郎が説明した。売上高四千五百億円、店舗を集約しネット販売を強化することで営業利益を現在の三パーセントから七パーセントに引き上げるというものだった。

    「固定費を圧縮したいだけだろ」海藤が吐き捨てる。「現実をみようとしない役員連中にはほとほと呆れる」酔いが回った海藤の経営陣批判はとまらない。TAIYO2021発表の夜、花岡は会社近くの居酒屋に海藤を誘っていた。国内旅行部にとってネット販売強化は店舗削減を意味する。会社存続のために避けられないことも分かっている。「あまり大声を出すな。誰に聞かれてるか分からないぞ」花岡がなだめる。「聞かれたっていいじゃねえか。なん・・・・・・なら社長でもおらんかねぇ、ここに」呂ろ律れつが回らなくなってきた海藤が店内を見回す。

    「自分らの責任は棚上げして、現場にばっかりしわ寄せじゃねえか」ため込んでいたものを海藤がすべて吐き出す。ひとつぐらいは花岡も言葉にしたかったが、その夜は苦笑いするしかなかった。

    経営戦略部で半年間、事業戦略を練り上げてきた海藤が社長をはじめ経営陣を批判することなど今まではなかった。七年前、入社式で隣り合わせになって以来、波長が合ったのか情報交換と称して昼も夜も「行こうか」と互いに自然と声をかけあっているが、この夜の海藤は思いつめた空気を纏っていた。「なにかあったのか」「ん?べつにないさ」「悩んでいる空気がばりばりあるぞ」花岡が重くならないよう明るくかえす。

    焦点が合わなくなってきた海藤はゆらゆらと首を振るばかりで花岡の声が聞こえているのか疑わしい。「どうな・・・・・・っても知ら・・・・・・ん」うつろな眼をした海藤は、テーブルに額をぶつけたまま酔いつぶれてしまった。

    本社には一人じっくりと作業をしたい社員や少人数の打ち合わせのためのフロアがある。海藤はその小さな会議室に花岡を誘った。入口のパネルを"会議中"の表示に変える。「来月から広報部だそうだ」入るなり花岡が海藤に告げた。「広報?なにするんだよ」「さあ。俺になにを求めてるのかね」花岡が明るく答える。「なんで俺が広報部なんかに行かなきゃならないんだ!」と叫びたくなるよ、とつけ加えた。「お前が広報部か・・・・・・いいかもな、それ」「はあ?」海藤の言葉に花岡の声のトーンがひとつあがる。

    「なんだよ、それ」「これから説明することとつながるかもしれない...

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