新聞や雑誌などのメディアに頻出の企業・商品のリリースについて、配信元企業に取材し、その広報戦略やリリースづくりの実践ノウハウをPRコンサルタント・井上岳久氏が分析・解説します。
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の影響が長引き、飲食業界と並んで深刻な打撃を受けている観光業界。そんな状況下で、疫病除けのご利益があるといわれる妖怪「アマビエ」を起用したユニークなPR動画で話題を呼んだのが大分県です。
大分県企画振興部広報広聴課では、県内の観光資源にスポットを当て、県外へ向けて魅力をアピールするリリースを毎月配信しています。日本全国の観光地が新型コロナの影響で大きなダメージを受ける中、大分県も4月の観光客数が前年比80.3%減少という深刻な状況でした。そこで2020年5月に配信したのが県内の温泉をPRする「うちフロ」リリースです。
全国で緊急事態宣言が発令されていた時期、すべての観光地が考えていたのは、「来てほしいのはやまやまだけれど、今は我慢してほしい」ということでした。同時に「この事態が収束したら、ぜひ来てほしい」と、その後の集客につなげることも必須課題だったに違いありません。
さらに「新しい素材が撮影できないという制約もありました」と同課の久井田千晴さんは明かします。確かに自粛が叫ばれている時期、県の職員といえども各地に取材に行くことはできません。そこで制作スタッフから提案されたアイデアが、県内各地の温泉でイラストのアマビエがシンクロナイズドスイミングをしながら「あと少し自宅のおフロを楽しもう」と呼びかける「うちフロ」動画です。
実は大分県では2015年にも、県内各地の温泉で本物の人がシンクロを披露する「シンフロ」動画を公開、240万回再生されるヒットを記録し、シリーズ化していました。
ロケに行けなくても、すでに県が持っている温泉の写真素材とアマビエのイラストを組み合わせればつくることができます。動画の終盤には家庭の浴室が30個ほど映りますが、これはスタッフ関係者が自宅の浴室を撮影して協力したものだといいます。
スタッフは手元にある温泉素材の中から、なるべく背景が美しく、人が映っていないものを選抜。同時進行でアマビエのイラストや、大分県出身の作曲家・瀧廉太郎が作曲した「花」をモチーフに、家のおフロをアピールする歌詞を制作していきました。
「シンフロ」は半年かけて制作しましたが、「うちフロ」は提案が4月下旬で、わずか1カ月後の5月28日には動画とリリースを配信しています。久井田さんは、短期決戦の理由を「制作当時、6月には観光自粛を呼びかける必要がなくなるほど新型コロナが収束している可能性もあったので」と語ります。確かにあのころは1週間先の予測さえつかない状態でしたから、かなり気を揉んだと思います。
替え歌の歌詞も、状況に合わせて書き換えました。企画当初は「もし外出したらすぐお風呂」と外出できることが稀な状況という前提でしたが、徐々に感染者数が減って外出できるようになったことから「家に帰ったらすぐお風呂」に変えたといいます。
結果的には、5月25日に全国で緊急事態宣言が解除された3日後の配信となりました。まだ首都圏では県を跨いだ移動は認められていませんでしたし、その後も感染者数が再拡大して旅行控えが続くことを考えると、ちょうどいいタイミングに、ちょうどいい内容で配信できたのではないでしょうか。
ビジュアルを効果的に活用
ではそのリリースを見ていきましょう。この案件の肝は、いうまでもなくアマビエです。(ポイント1)タイトルと画像でアマビエ関連であることが一瞬で認識できます。今までにないユニークな動画がつくられたことも伝わり、メディアに興味を持たせることに成功しています。
(ポイント2)リリース1枚目は...