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広報担当者の事件簿

「信頼回復」への近道などない

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    詐欺まがいの契約が横行組織ぐるみの不正〈後編〉

    【あらすじ】
    暁新聞山形支局の古川達彦によって報じられた旭郵便の保険不正販売問題。マスコミ対応を避ける経営企画部長の桜井慶四郎や他人事の上層部に失望した広報室の井野久太は、本社に殺到したメディアへのブリーフィングであえて事実を伝えた。その結果、追及はさらに加速し社長による記者会見が開かれることになった。

    “信頼回復”への近道などない

    「辞任を決めたのが三日前ということですが、前回の記者会見翌日ですよね。なぜ発表がこのタイミングなんでしょうか。前回の会見で世間の、というか国民の理解が得られるだろうという思いがあったのですか。その後の報道で読みがはずれたな、という判断になったのですか」

    午後四時からはじまった社長の辞任会見。百人を超える記者、リポーターやカメラクルーが東京都内にある旭郵便本社の大会議室に集まった。空調は入っているがもはや限界を超えているようだ。油断すると頭がくらくらしてくる。

    旭郵便による生命保険の不正販売。暁新聞山形支局の古川達彦の記事が合図だった。古川の記事が一面に掲載されると新聞やテレビ各社、雑誌に至るまですべてのメディアが反応し、それに呼応するように世間の人々も嫌悪をみせた。

    「信用していたのに」「現場の郵便屋さんがかわいそう」「詐欺じゃん、組織犯罪!」「上はのうのうと会社の金で飲み食いしてばかり」SNS上では旭郵便に対する非難の書き込みが増え続けている。国が行っていた郵便事業への安心と信用。その両方が瓦解した。旭郵便という巨大組織の屋根を覆っていた瓦が一枚ずつ剥がされていく。全国の郵便局では利用者からのクレームが後を絶たない。定期貯金や口座自体を解約する利用者まで出始めている。現場では、行動を起こそうとしない本社への不信感と苛立ちが沸点を超えていた。

    「前回の会見では情報開示が非常に弱いというご批判があり、二度目の今回は調査報告書そのものを開示させていただいているわけです。ここだけはぜひ申し上げたいのですが、公正な報道をお願いいたします」社長は前回説明しなかった第三者委員会の報告書を出したことを強調している。会見が終わったらすべて「第三者委員会の報告書をお読みください」になってしまうだろう。記者たちの手が一斉に挙がる。司会を務めていた経営企画部長の桜井慶四郎が後方を指す。開始から三十分が経過しようとしていた。

    「この会見は何のために行っているんですか」「申し訳ございません、社名と氏名を名乗ってからご質問をお願いいたします」丁寧を装ってはいるが言葉に感情のない桜井に、記者が眼差しを鋭くする。「この会見は何のために・・・・・・」「社名と氏名を名乗ってから・・・・・・」質問を桜井が遮る。

    「この会見は御社が呼びつけているんでしょ。受付で名刺も渡しています。社名や氏名を名乗る時間があったらその時間を質問にまわしてください。暁新聞の古川と申しますが、これ以降、無駄な時間は省いてください」

    “こいつが古川か”会場がざわつく。前回の会見も来ていたのだろうか。わざわざ山形から。「もう一度お訊きします。この会見は何のために開かれているんでしょうか」桜井の目が泳いでいるのがみてとれる。社長がマイクを握る。

    「第三者委員会の報告書が上がってまいりましたので、皆さまにご説明いたしているところでございます」慇懃無礼。桜井と同じだ。心に響かないとはこのことだろうか。広報室の井野久太はトップの言葉を多少なりとも期待したが、他人事としか捉えていないような口調だった。思わずため息が出てしまう。言葉は感情があって初めて熱となり、想いとして相手に伝わる。社長には想いがない。立場をこなしているだけの男にしか見えない。落胆が怒りに変化していく。

    「被害者はそんなことを訊きたいんじゃない!」古川が声を荒げる。「あなたが言っていることに詭弁以外の言葉が浮かびません。現場も見ず、現状を理解できないまま仕方なくこの場に出向いているだけ。被害に遭われた方々の顔が浮かびますか?現場で苦しんだ郵便局員の姿が見えますか?形式ばかりの第三者委員会の報告書にどれほどの価値があるんですか?あなた方が今やらなければならないことは被害者の方々への謝罪と丁寧な説明、それから補償です。もちろん、全国の郵便局員への謝罪も」古川が一気にまくしたてた。

    井野は、会場がいつの間にか静まりかえっていることに気づく。古川との距離は三メートルほどだろうか。同年代の男が怯むことなく堂々と対峙している姿に感動すら覚える。

    「・・・・・・今後、早急に対応してまいりたい」古川の迫力に社長の声が小さくなる。「企業の責任者なら、被害者に対する責任というものがあるはず。あなたにその覚悟が見えません!あなたはここを辞めても次に移ればいいぐらいに考えているかもしれないけれど、現場の職員は生活がかかっています。なにより地域の方々の信用を取り戻さなければならないんです。この会見はあなたのために行っているわけではない。被害に遭われた方々や真面目に頑張っている職員の方々のために行っているんじゃないんですか?」

    彼の“想い”ともいえる質問を終えると、古川は席を立った。会場の空気が揺れ、皆の視線が向く。古川は無視して会場を出た...

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