日本唯一の広報・IR・リスクの専門メディア

           

広報担当者の事件簿

相手の思うつぼにハマらないために

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    伏せられた不都合な未来偽りの事業戦略〈後編〉

    【あらすじ】
    太洋旅行名城支店の春名美香がツイッターで会社の経営危機を告発し、退社してから三カ月。ツイッターでは“MIKA”というアカウントが再び同じ内容をつぶやいていた。同じころ、広報部に移動した花岡冬樹のもとに一本の電話が入る。音信不通だった春名とようやく対面できた花岡。春名が投稿の真意を語り始めた。

    俺の邪魔をするな!

    「踊らされてるんじゃねえよ」置いた受話器に向かって広報部の立川律が悪態をつく。昨日、三カ月前とほぼ同じつぶやきがツイッター上に投稿された。発信者のアカウント名は“MIKA”。(彼女か・・・・・・)花岡冬樹の脳裏に同僚だった女性の顔が浮かぶ。太洋旅行株式会社名城支店のカウンター業務を担当していた春名美香。彼女が会社を退社してすぐに花岡はLINEを送ったが既読はつかず、それ以降も五回メッセージを送信したが一度も既読がつくことはなかった。

    半年前、名古屋市内で開催された社内の国内旅行部門会議の懇親会で意気投合した二人は、将来の旅行業界について議論し合った。顔を合わせたのは初めてだったが、春名の瞳の輝きに引き寄せられた。以来、折をみては情報交換やお互いの近況報告を行う仲になっていた。

    「花岡でございます」ワイシャツのポケットで震えた携帯電話を耳に押しあてる。「・・・・・・春名です」一瞬、思考がとまる。「・・・・・・ああ、どうも。ご無沙汰しております〜」周囲を見やりながら明るい声でこたえる。心臓の高鳴りを抑えることができない。「ちょっとお待ちいただけますか。すぐにかけ直しますので・・・・・・」慌てて椅子から立ち上がる。勢いで椅子が後ろに倒れた。「おいおいどうした」立川が椅子を戻してやる。ツイッターの“MIKA”からだとは言えない。

    「しばらく音信不通だった方からの電話だったもので・・・・・・慌ててしまって」頭を掻きながら花岡が引き攣った笑顔をつくる。「国内部門時代の旧知か?」窓際から広報部長の五本木一俊が訊いてくる。「・・・・・・ええ、そんなもんです」立川ら広報部のスタッフが訝しげな表情で花岡をみる。「そうか。外で電話してこい。ここじゃ話しにくいだろ」五本木が柔和な表情をつくる。

    ぎこちなく頭を下げ、エレベーターホールへ急ぐ。一階の受付を横切り外へ出て着信履歴から春名を呼び出す。「春名です」呼び出し音が鳴る前に声が聞こえてきた。さっきはどうも、と言ったあとの言葉が見つからない。沈黙が長く感じられる。

    「ご心配をおかけしてしまってごめんなさい!」花岡が知っている春名の声だった。「LINEを送っても返答がなかったから・・・・・・心配していました。元気そうでよかった」同期の海藤志朗から「ツイッターで内部告発したのは春名に間違いなかった」と聞いたとき、花岡は春名と初めて会ったときの瞳を思い出した。あの輝きの奥に秘められた信念が行動に導いたのだと。

    一方で、咎めたい感情も同時に湧いている。内部告発は会社の不正や問題を第三者にしらしめることなのだろうが、会社は不正を行っていたわけではない。存続計画を策定し発表しただけだ。彼女の行為は、内部資料をもとに倒産危機を想像させる威力業務妨害にあたるものだった。経営戦略部で事業戦略“TAIYO2021”の策定にかかわってきた海藤が「部外者が勝手なことをほざいている」とぼやいていたのを知っている。花岡が海藤の立場でも同じに違いない。

    「今どちらですか」「都内です」「名古屋じゃないんですね」名古屋市内の名城支店に勤務していたので、愛知県出身だと思い込んでいた。「東京出身ですよ」春名がケラケラ笑ったあと「笑っている場合じゃないですよね。ごめんなさい」状況は理解できているようだ。「お会いできませんか」「・・・・・・いつでしょうか」「これから」「すぐ?」「すぐ」花岡は語気を強める。「わかりました。私もこれ以上、悪者になりたくないので」「悪者?」「お会いしたときにお話しします」春名の口調はあのころに戻っていた。

    梅雨だというのに何日も雨が降っていない。気温は三十度を超えている。じめじめとした風が体にまとわりつき、シャツが汗を吸っているのがわかる。空調の効いた館内に戻ると張り詰めていたものが解けていく。「終わったか?」広報部長の五本木だった。ちょっといいかと声をかけながら、ロビーの隅にある打ち合わせスペースに花岡を誘う。

    「ツイッターの件だろ?」前置きなしに言われた花岡がきょとんとする。「今の電話」五本木がロビーの出口を顎でさす。「春名とかいうやつからか」「知っているんですか」「海藤から聞いたぞ。お前は面識があるって」五本木は広報部長になる前は経営戦略部のチームリーダーだった。親分肌の五本木は後輩や部下の面倒見がよく、言うべきことは言う。信頼も厚いと海藤から聞いていた。

    取締役会で社長や役員が事業戦略の方向を迷っているとき“あなたがたが迷えば迷うほど社員はその倍迷う”と控えに座っていた五本木が立場を弁えず言ったという逸話があるほどだ。

    「責任は俺が取るから逃げずにやれ」どう言い繕おうかと思案している花岡に、五本木が直球を投げてくる。「春名さんにお会いしてツイッターの件を訊いてくるつもりです」先輩社員に悟られないよう、昼食を逃げ道にするつもりだった。「そうか。わかった」五本木は、なぜお前が会わなきゃならないとは訊いてこなかった...

    あと60%

    この記事は有料会員限定です。購読お申込みで続きをお読みいただけます。

    お得なセットプランへの申込みはこちら

広報担当者の事件簿 の記事一覧

相手の思うつぼにハマらないために(この記事です)
誰もが批判の対象に SNSが持つ破壊力
「信頼回復」への近道などない
危機対応は初動がすべて
伝書鳩広報と言われないために 的確な情報発信を
「罪を認めようとしない体質」を変えるには
広報会議Topへ戻る

無料で読める「本日の記事」を
メールでお届けします。

メールマガジンに登録する