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広報担当者の事件簿

危機対応は初動がすべて

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    詐欺まがいの契約が横行組織ぐるみの不正〈中編〉

    【あらすじ】
    旭郵便による保険の不正販売問題で「伝言屋の広報」と揶揄された広報室の井野久太は、会社にも自分の仕事にも疑問を感じていた。暁新聞山形支局の古川達彦が書いた記事は全国版の一面で報じられ、井野たちはマスコミからの厳しい追及を受ける。しかし、経営陣たちは善後策を考える素振りさえ見せずにいた・・・。

    誰のために、盾になるのか

    ワンルームマンションの自室にたどり着く。マンションではあるが、築四十年を越えた外壁には細いひび割れが目立つ。七畳の部屋にはベッドやテレビ、簡易クローゼットが置かれている。独り身には十分な広さだった。

    井野久太は缶ビールのプルトップをあけ、喉にながし込む。「フゥーッ」自分に戻れる瞬間だ。一日を頑張れるのはこのためのような気もしてくる。

    部屋に戻ると一日の振り返りをするのがルーティンになっている。ビールを喉に流し込み、さっそく始める。今夜は暁新聞の古川達彦の一言が胸に突き刺さったまま抜けない。「伝言屋の広報」。無理に抜こうとすれば身体中の血が噴き出し、失血死してしまいそうだ。暁新聞とはいえ山形支局の記者だからと安易に対応しようとしていた自分を恥じる。言葉を伝えるだけの役割など誰にでもできる。今の自分は本当に伝言屋”なのだろうか。評価は他人がするものと考えれば、古川の言葉通りということになる。

    明日の朝、暁新聞で旭郵便による保険の不正販売が報じられる。メディアが一斉に問い合わせてくることは容易に想像がついた。朝から広報室の電話は鳴りっぱなしになるだろうし、朝刊を読んですぐに携帯電話へかけてくる記者もいるかもしれない。古川が言っていたとおり蜂の巣をつついた騒ぎになる。

    しかし、答えるべき言葉は「事実はありません」という一言。それしか与えられていない。記者は事実をつかみ証拠を握ったから記事にする。「憶測で記事にするのは三流以下の記者だ」と、どこかの週刊誌の編集長が講演で話していたが、古川が憶測で攻めていないことは明らかだった。

    経営会議とは名ばかりの内容のない会議だが、組織という建前がある以上、今回のことも経営陣の耳に入れておかなければならなかった。会議室に揃った彼らは善後策を考えることなどはしない。“知っている”ことが大切で、情報を持っていればそれで十分なのである。監督官庁や国会に呼ばれたとき“知らなかった”ことが彼らにとって何よりの汚点となる。事実、社長や関係役員は井野からの報告を聞き終えると、「ふーん、そうかね。広報でよろしく頼むよ」と言ったきりだった。関心などない空気が充満する。

    井野の説明をフォローする立場である経営企画部長の桜井慶四郎は黙したまま固まっている。井野が所属する広報室は経営企画部内の一部署で、桜井は広報室長も兼ねている。井野は孤立無援だった。「あなたたちはいつもそうだ」背もたれにふんぞり返る経営陣の姿を見ながら井野はひとりごちた。

    古川の痛烈な一言と経営会議の淀み。外からの緊張感と内での弛緩。アンバランスな感覚が頭の中から消えていかない。「明日は大変な一日になるな」気がつけば缶ビールが空になっていた。冷蔵庫の扉をあけ、もう一本取りだした。

    「滝澤さん。困るんだよねえ。今月の成績からっきしじゃない」「頑張ってはいるんですが、契約の見直しを提案しても皆さんなかなか耳を傾けてくれません」「そんなもん真面目に提案するもんじゃないだろ」職員5人の支社で、滝澤麗二の報告を受けた局長の針生信哉が嘲笑する。

    「納得して見直していただくために説明は欠かせませんので」「そんなことやってるから営業成績が上がらないんだよ。じいさんばあさんなんて、説明しても理解できないんだよ!保険金の受け取り額が増えますよ、お孫さんのためにいかがですか。とでも言っておけばいいだろ」針生が表情を消す。「このままじゃ、チャレンジ研修に行ってもらわなければならないよ」

    営業成績は半年ごとに集計され、成績の悪い者は二日間叱責され続ける“研修”が待っている。「お前らは落ちこぼれか」「手段なんてどうでもいい。とにかくサインさせるんだよ!」職員の間では“罰ゲーム”と呼ばれていた。

    旭郵便は地域の方々に愛されてなんぼだろ・・・・・・針生の陰湿な責めを我慢し、自席に腰をおろす。いつから詐欺集団のような組織になってしまったのだろう。もともとこんな組織だったのだろうか。民営化されて競争原理に晒されるようになり、一日も早く民間企業となるべく、大企業の社長や銀行の幹部だった者が社長の座に就いている …

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