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広報担当者の事件簿

「罪を認めようとしない体質」を変えるには

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    電力会社と地元企業の癒着 突きつけられた不正の事実〈後編〉

    【あらすじ】
    大富士電力を揺るがす癒着疑惑。「事実はない」と言い張る会長・安東清太郎の言葉が会社の方針になりつつある状況に、広報部長の三浜康太郎は呆れていた。広報部の新井田岳は暁新聞の鮫島幸一記者から「詳細な証拠がある」と告げられる。三浜は鮫島を会社に招き証拠資料に目を通したあと、ある相談を持ちかける。

    つくられたシナリオ

    「なんとかするのが広報だろう。そんな事実はありません。それでいいんだ。分かるよな?」会長の安東清太郎の発言が会社の方針になってきた。今回も役員会議での発言がすべてだった。会議というより、行動命令確認会といったところか。役員はみな自分より下の者の発言など聞き入れようとはしない。自分たちの考えが常識であり世の中の常識には無関心。

    これまで大富士電力という企業は国に守られ、自治体と手を組み、地元企業の利権の温床となってきた。社内の権力闘争に勝つことは、強大な権力を手中に収めるに等しい。世のために何をするかではなく、社内で勝ち抜くことが最重要だった。変わらない会社の体質に、広報部長の三浜康太郎は呆れ果てていた。

    「事実はございません」広報部の新井田岳は、受話器の向こうにいる記者に同じ言葉を繰り返す。広報にとって"嘘"と知りながら対応するほど情けないことはない。「新井田さんでしたっけ」「あ、はい」「あなた、それ本気で言ってます?」本心なわけないだろ、そう言えと命令されました、とは言えない。記者が付け加えてくる。

    「日本海市の前副市長だった唐木田誠さんから、安東会長以下の社長や役員計十人に金品が渡ったという、証拠を掴んでいるんです」金品を受け取った役員の名簿も、金額などの詳細も手元にあるという。受話器を握ったままの新井田に三浜がメモを掲げる。「俺が対応する、来てもらえ」

    「これですよ」名刺交換を終えて応接室の椅子に座った途端、暁新聞の鮫島幸一が茶封筒をすべらせてくる。「ご安心ください。金品は入っていませんから」そう言いながら鮫島が苦笑する。三浜と新井田は表情を崩さない。三浜が中を確認すると左上を留めたA4版の資料が入っている。「これは……」三浜の隣にいた新井田が思わず声をあげる。「これはどこから」三浜の問いに鮫島が答える。

    「北陸設計に税務監査が入りました。御社の下請け企業ですね。監査段階で《大富士電力 二〇一八 会議費・交際費》というファイルを調べた際に資料の順番と金額の数字が不自然だったそうです。さかのぼって調べると、毎年不自然な支出があった」鮫島は説明しながら三浜の反応をうかがう。三浜は資料に目を落としながら鮫島の声に耳を傾ける。新井田が三浜の方に体を向ける。

    「不自然な支出は……日本海市の副市長だった唐木田さんから御社の安東会長や社長、役員計十人に金品として渡った。総額三億六〇〇〇万円。受け取る場所は決まって同じでした。日本海市にある老舗の料亭。帰るときは毎回、無地の紙袋を提げていた。料亭の関係者から裏は取っています」

    資料には役員それぞれが受け取っていた金額と日付がはっきりと書かれ、料亭の名前も明記されている。渋面をつくった三浜がため息をつきながら資料をテーブルに置く。お前も確認しておいたほうがいい、と新井田に目で合図した。「この資料、本物ですよね」視線を合わせた三浜が鮫島に問いかける。「無地の紙袋の中味が何だったのか、別の関係者からの裏取りも終わっていますよ」鮫島の声が柔らかくなる。

    ここまで事細かな記録が残っていることに、三浜も鮫島も内心驚いていた。「この書類をつくって管理されていた北陸設計の担当者はかなり能力の高い方なんでしょうね。資料の中味がしっかりしている」「社内ではD案件と隠語を使われていたそうです」三浜の問いははぐらかされたが、逆に言えば外れてはいないということである。

    「明日の朝刊で出します。リストごと。ここまできても御社は会見を開いて説明をしようとしない。北陸設計は今夜、会見するそうです。唐木田の名前も出るでしょう」「外堀はすべて埋まるわけですね」「逃げ場はもうないですよ」身を乗り出した鮫島が語気をすこし強めた …

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