日本唯一の広報・IR・リスクの専門メディア

           

広報担当者の事件簿

伝書鳩広報と言われないために 的確な情報発信を

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    詐欺まがいの契約が横行組織ぐるみの不正〈前編〉

    【あらすじ】
    13年前に民営化された旭郵便。左近優作は、罪悪感に苛まれながらも75歳の花田トキに無用な保険商品の契約更新をさせていた。一方、ある日、旭郵便広報室の井野久太は暁新聞の記者・古川達彦から電話を受ける。古川からの「詐欺まがいの契約が横行している」という問い合わせを否定できずにいた。

    営業ノルマという呪縛

    白に覆われていた山々に目をやると山肌がちらほら見える季節になった。道端には蕗の薹(ふきのとう)が芽吹き始めている。春の爽やかな風がペダルを漕ぐ男の頬を撫でていく。「のどかでいいな・・・・・・」自転車を走らせながら優しい気持ちになると同時に、罪悪感が襲ってくる。

    少子高齢化が叫ばれ続けているこの国は、今後十年でその速度がさらに増していくだろう。東京への一極集中化で地方都市の財政悪化が顕著になってきている。若者が故郷を離れて過疎化が進み、労働力人口の激減により産業が立ちゆかなくなってきている。多くの地方都市が憂慮する深刻な問題は、雪深い東北の街でも同じだった。

    「郵便さん、大変だねえ。こんな奥まで」少しずつ春を肌で感じられる時期になったとはいえ、田んぼや畑に囲まれた農道にはまだまだ冬が残っている。「こんにちは。今日は少し暖かいですねー」人びとは、昔から郵便局員のことを親しみをもって“郵便さん”と呼んでいた。花田トキは、もうじきタネを撒く大根用に畑の土を耕してきたところだった。長年の農作業で腰は曲がっていたが、足腰はしっかりとしている。まだまだ元気な七十五歳の女性だった。

    「おばあちゃんの家にお邪魔しようかと思っていたところです」旭郵便の左近優作は笑顔をつくって応じる。「今日はなんだいな」「保険の見直し時期が迫ってきたもんですから、ご説明をさせていただこうかと・・・・・・」「そうかい。郵便さんの話なら安心して聞けるわな。ほしたら早く行こうかい」花田は五年前に夫に先立たれ、一人で家を守っている。二人の娘は結婚し、東京と金沢に暮らしている。「ありがとうございます!」自転車を降りた左近が一緒に歩きだす。

    「こんな老人のために時間を割いてくれてありがとうね。話し相手になってもらえるだけでうれしいわな」花田のおばあちゃんが皺だらけの顔いっぱいに笑顔をつくる。皺の一本一本が生きてきた証しだった。左近の心が押しつぶされそうになる。だが、私でよければ毎日でもうかがいますよと明るく言わざるを得なかった。

    「現場の郵便局員から、『保険販売のノルマに追われ、詐欺まがいの契約が横行している』という情報が寄せられている。一人や二人のレベルではない」暁新聞の山形支局から電話があったのは一昨日の昼すぎだった。「社内で確認してから折り返しご連絡させていただきます」と答えて電話を切った。

    旭郵便広報室の井野久太は、暁新聞の記者がいう“保険販売のノルマ”について回答はしなかったが否定もしなかった。詐欺まがいの契約が存在することも同僚から聞いている。保険販売のノルマが課されているのは現場の職員だけではない。事務職の職員にもノルマがある。ノルマを達成しなければ上司の叱責が飛んでくる。仕方のない手段だと誰もが自分に言い聞かせながら保険販売を行っていた。今まで表面化してこなかったのが不思議なくらいである。

    一昨日の電話は、現場職員の疲弊が限界を迎えていることを物語っているように思えてならない。考えていたところに暁新聞から電話だと声がかかる。コンプライアンス統括部に回答作成を依頼しているが、肝心の回答はまだ届いていない。

    「はい、井野です」「暁新聞山形支局の古川です。一昨日の件、折り返しいただいていないのですが、どうなってますかね」折り返すと言ったきりの井野の対応に古川達彦がきつい口調で問い詰めてくる。「まだ確認中でして・・・・・・」「何を確認しているんですか。担当部署とか現地の方々に訊けばすぐ分かるでしょ」耳にあてた受話器から古川の嘲笑する声が響く。

    「引き延ばそうとしてもダメですよ。山形だけでなく、宮城や岩手、秋田でも同じような情報がどんどん寄せられているんです。もちろん、“そんな事実はありません”も通用しませんよ」「いや、そういうわけでは・・・・・・」「じゃあ、どうして二日も経っているのに回答がないんでしょうね」ポンポンと繰り出される古川の質問に何も対応できない。

    「不正に保険を販売した職員の方と、契約させられた方のウラも取っています」「取材されたということですか」「ウラはウラです。広報をやっているなら少しは想像力を働かせていただきたいですね」広報といっても経営企画部の中にある“広報室”。広報に主導型と従属型があるとすれば、明らかに従属型である。遠慮のある、やらされている広報だった。だからといって対応しなくていいわけではない。企業として事業活動を行っている以上、説明責任はいつもついて回る …

あと63%

この記事は有料会員限定です。購読お申込みで続きをお読みいただけます。

お得なセットプランへの申込みはこちら

広報担当者の事件簿 の記事一覧

伝書鳩広報と言われないために 的確な情報発信を(この記事です)
「罪を認めようとしない体質」を変えるには
社内の情報共有にもリスクあり
稚拙さと大胆さを増す企業の不正 危機管理の基本は情報共有
SNSを積極活用する時代の「広報センス」とは
新人広報が陥る罠
広報会議Topへ戻る

無料で読める「本日の記事」を
メールでお届けします。

メールマガジンに登録する