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広報担当者の事件簿

稚拙さと大胆さを増す企業の不正 危機管理の基本は情報共有

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    電力会社と地元企業の癒着 突きつけられた不正の事実〈前編〉

    【あらすじ】
    北陸設計で行われた税務署の監査。総務部の竹川慶次は、総務部長の立華要三が何らかの不正に関わっていることに気づく。北陸設計の主要取引先である大富士電力では、広報部の新井田岳が地元新聞の記者から電話を受ける。内容は、同社の役員が日本海市の副市長から多額の金品を受け取っているというものだった。

    ミイラ取りがミイラになった

    「いやいや、これはこれは」床の間を背にした男に、スーツを着た初老の男二人が頭をさげながら紐付き封筒を滑らせる。「これからもどうかよろしくお願いしますよ」二人のうち、白髪を後方に固めた男が語尾を強めながら口元だけの笑みをつくる。隣にいる禿頭の男も、同調するように頭をさげる。差し出された封筒を確認した男が眉間にわずかな皺をつくる。「毎回こんなことをされなくてもよろしいですよ。今回はお持ち帰りいただけますか」封筒に手をかけて押し戻す。

    「せっかくの料理がまずくなるじゃないですか、受け取ってもらわないと困りますねえ。私にも立場があるんですから」テーブル中央に留まっている封筒に視線をやり、そのまま男の顔を睨むように視る。「私の顔をつぶす気ですかな」白髪の男の声が一段高くなる。

    「いやいや、そんなつもりは……」「でしたら、お荷物になりますがお受け取りいただけませんか。ほんの感謝の気持ちですから」「感謝のお気持ちはこれまでもたくさんいただいてきましたから……」「これからも何かにつけお世話になるわけですから。それとも、私からの贈りものは受け取れないとおっしゃりますか」

    男たちが会ういつもの部屋。障子が開いた部屋の窓から、暗く沈んだ街を見下ろす。「ここは原発で生活している土地なんですよ。あとは何もありゃせん」白髪の男が、今度はグイッと封筒を押した。

    男が三和土(たたき)まで来ると、桐の靴べらを持った女将が待っていた。玄関の引き戸はすでに開けられている。「副社長、本日は遠路はるばるありがとうございました。それでは引き続きよろしくお願いいたします」後ろから白髪の男が声をかける。男の右手には土産の袋が提げられていた。

    北陸設計のオフィスには、透明なプラスチック板が張り巡らされただけの喫煙室がある。まるで動物園の檻にでも入れられているような感覚になってしまう。午前中の仕事がひと段落した千崎卓郎は、たばこを口にくわえていた。たばこを喫わない者にとっては害以外の何ものでもないが、喫う者には安らぎのための小道具なんだ、と千崎は説得力のない理屈を自分に言い聞かせている。

    「ふーっ」たばこを口から放し煙を吐き出す。敷地の隅の目立たない場所に追いやられてしまったが、この空間は落ち着く。もう一息吐き出したとき「まったく、仕事なんかできたもんじゃねーよ」檻仲間の竹川慶次がぶつぶつ言いながら入ってきた。「どうした。ご機嫌ななめじゃんか」「あれ持ってこい、これ持ってこい。何でもかんでも高圧的に言いやがって」たばこに火を点けながら煙とともに一気に吐き出す。

    「ああ、税務監査が来てるんだな」「昨日から目がまわって、落ち着いてここにも来れないっつうの」「寒い思いしてまで来なくてもいいだろ」千崎がちゃかしながら返す。

    「お前も友だち甲斐がないねえ。"大変だなあ、それは大変だ。あと三日、頑張れ"ぐらい言えないもんかねえ。設計のお前はいいよなあ」「仕事だろ」片隅に追いやられ密室になっているとはいえ、事務所から丸見えになっている。竹川の愚痴がヒートアップする前に、つれなく返した。「じゃあな。総務の竹川君、頑張れー」檻のドアを開けながら千崎が口先だけの応援をする。竹川が片手をあげて返した …

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