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広報担当者の事件簿

新人広報が陥る罠

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    老舗和菓子屋に訪れた変化 新人PRの奮闘記〈前編〉

    【あらすじ】
    岡山で150年続く老舗和菓子店「華月堂」。従業員の美崎真菜は、社長の月山朔太郎からPR担当に任命されたばかり。ヒントを得ようと参加した異業種若手交流会で出会った御曹司の言葉に背中を押され、時代に合わせた商品開発やパッケージへの変更を提案する。月山はすぐに提案を受け入れ、美崎の挑戦が始まった。

    時代に取り残されてしまう

    パタンッ。郵便受けの蓋が閉じる音で目が覚めた。

    紅葉が始まり、朝晩は涼しさを通りこして寒さを感じる季節になってしまった。バイクの遠ざかる音が聞こえてくる。枕元の時計の針は四時五〇分を指している。目覚ましが鳴るまで時間はあったが、眠気が飛んでしまったようだ。

    「よし!」自分に気合いを入れながら上半身を起こす。外はまだ闇だ。ひんやりとした空気が肌に触れる。自転車通勤のためこれから着る服の厚さが増していくが、それが周囲にどう映っているのかは考えないようにしている。今は、店の名が広く知られるよう苦心しているときだった。

    美崎真菜。二十九歳、独身。岡山市で一五〇年続く老舗和菓子屋「華月堂」のPRを社長の月山朔太郎から先月、任された。もっとも従業員は、月山と美崎のほかに月山の妻の美奈代、和菓子をつくって三十四年になる徳川吾朗、美崎とともに接客をしている醍醐絵里のわずか五人。和菓子業界は、洋菓子人気に押されて苦戦を強いられていたが、ここ数年は、訪日外国人客の増加に比例するように上向きに転じている。

    老舗と呼ばれる会社や店は全国に数多ある。和菓子業界も例にもれず数えきれないほどの老舗が存在する。暖簾に胡坐をかき旧態依然とした店構えや接客で、"売ってやる"意識を変えられず、淘汰されてきた老舗はかなりの数にのぼる。

    数カ月前、中国地区で毎年開催されている異業種若手交流会なる会で親しくなった山口県の和菓子屋の御曹司が嘆いていた。「お客様は老舗だから安心して商品を買ってくれる。ただ、時代に合った商品や考え方というものもあるはずだ。何十年も前から販売している商品を、そのままこの令和の時代に押し付けるのは傲慢だ。変えるべきところは変えないと客の方から遠ざかっていく」。見た目はチャラチャラした男だなという印象しかなかったが、話してみると印象とは全く違って驚いた。戦っている耀きがあった。

    美崎が華月堂で働き始めて二年。たった二年だが、売上の下降を肌で感じている。来店客が減り、インターネット販売も芳しくなかった。何をどうすればいいんだろう……和菓子の素人ではあるが、店のために力になりたいと自分なりに考えていた。競争相手の和菓子屋めぐりをしたり雑貨屋に足を運んだり。休日も街を歩いたが、ヒントと呼べるものは見つけられずにいた。歩き疲れて入ったカフェに置いてあったチラシが目に留まった。それが若手交流会だった。

    彼の言葉を聞いた翌日、遠慮していた気持ちが消えた。商品開発に素人が口をはさんではいけないと美崎は思っていた。「素人は黙ってろ!」と怒鳴られそうで怖かったが、思い切って社長の月山に提案してみた。

    御曹司の言葉をそのまま話したかったが、"このままでは客がどんどん離れていきますよ"と言われて気分のいい人はいない。まして相手はズブの素人なのだ。

    「若い人にもっと和菓子の素敵さを知っていただきたいですね。SNSで発信できると広がるかもしれないですよね。お客様が今、何を買いたいのか訊いてみたりして。どうかなあと思いまして……」「お客様が求めている商品か……時代に合った商品と売り方をしていかないとな」

    月山は十二月に還暦を迎える。「変えることはない」そう言うとばかり思っていた美崎は月山が受け入れたことに驚きを隠せずにいた。美崎の提案を、月山は全員を集めて言った。「伝統は大切にしないといけない。ただ、我をとおすだけでは客から見放されてしまう。今の時代だからこその商品や販売方法があるはずだ。伝統と今。この組み合わせから発想した商品を、全員で開発したい。徳さん、どうだろうか」

    菓子職人でもある月山に和菓子の基礎を教えたのは徳川だった。月山の父で先代の也寸志の時代から和菓子一筋で働いてきた徳川の言葉は重い。「……うちの孫がね。和菓子好きなんですよ。この間なんか、店のどら焼きをイン……なんとかっていうのに載せてましてね。そしたら友達に今風じゃないねーって言われたらしくてねえ……」徳川が伏し目がちに話す。

    「どこが?って訊いたら形とデザインかなあって言うんです。それにイン……」「インスタグラムです」美崎が遠慮がちに言う。「それもやってないの?って言われたなあ」 …

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