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広報担当者の事件簿

広報が守るべきもの、届かなかった言葉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    思考停止した子羊の群れ イエスマンが起こした変化〈後編〉

    【あらすじ】
    日北不動産に大規模な建築法違反の隠ぺいが発覚。広報部課長である脇坂涼太の「膿を出しきらないといけない」という進言を受けて、"日北の天皇"こと藤森作郎社長は経営企画部長の金子健一郎とともに記者会見に出席する。序盤は反省した様子を見せた藤森だったが、その口から出た言葉に記者たちは唖然とする。

    広報が守るべきもの、届かなかった言葉

    記者会見には社長と経営企画部長が出席した。前日のリハーサルどおりに頭を下げ、難しい顔をつくり、序盤は反省している雰囲気を醸し出していた。周囲から"天皇"と崇められてきた日北不動産のドン・藤森作郎がカメラの前で頭を下げたとき、会場の記者席からわずかにどよめきが起きた。

    藤森とともに臨んだ経営企画部長の金子健一郎でさえ、隣で頭を下げる藤森を覗くほどだった。あの藤森がとうとう頭を下げた。「社長としてすべてをつまびらかにするんだろう」そう感じた記者は多かったはずだ。「施工会社に不正をさせたのは御社だと認めるんですね」「現在、鋭意調査を進めている段階でございますので今しばらくお待ちください」「御社に瑕か疵しはない可能性もあるということですか」

    日北不動産が自らの不正を認め、被害者に謝罪して今後の対応を説明する場になると確信していた記者たちは、藤森の口から出た言葉に唖然としている。記者会見を取り仕切っている広報部も同じだった。「ご質問のある方は挙手のうえ私が指名したあとに社名、お名前を言っていただき……」広報部長の郷原峰代がマイクを通して質疑を一旦止めようとする。

    「社名や名前を名乗って何の意味があるんですか!誰が何を質問したのかチェックしたいんでしょうけど、何のために広報がいるんだよ。受付で名刺を渡しているんだから顔と名前ぐらい覚えておいてください!ふざけるな!」声を荒げた記者に同調するように会場が静まりかえる。緊張感と怒気が充満する。雰囲気にのみ込まれた郷原は全身が硬直し唇だけが震えている。

    「不正があったのは事実でしょ。こちらは設計図や建築にたずさわった会社の取材も終えている。それでもなぜ、不正を認めないんですか」最前列に陣取った全国紙の記者が静かな口調で、諭すように問いかける。「ですから……まだ調査の途中ですので結果が分かり次第、改めてご説明いたします」"だったら何のための会見なんだよ"会場の壁際で緊張に包まれていた広報課長の脇坂涼太が藤森を睨む。涼太の心情を代弁するように記者の一人が同じことを問いかけた。

    藤森も、横にいる金子も押し黙ったまま言葉を返せないでいる。五秒……十秒……沈黙が支配する。「まずはご迷惑とご心配をおかけしている皆さまへの謝罪と状況説明を行うことがこの場の主旨です」藤森が口を開く。会場からは失笑が漏れ、侮蔑の表情に変わっていく。

    「あなたはメディアを通して謝罪したいのですか?謝罪したいのなら被害者に直接謝罪すべきでしょう」「もちろん考えましたが、まずは記者会見という場をお借りしてと思いまして」藤森の言葉に、会場の熱気が一気に冷めていく。所詮はサラリーマンか。あちらこちらで呟きが漏れていく。

    「……ですから、調査が終了して結果が出てから改めてご説明いたしますので」何を訊いても責任逃れに終始しようとする藤森の姿勢に、記者たちはもはや憐れむような視線を向ける。「膿を出しきらないといけない」昨日の打ち合わせで意を決した涼太の言葉は藤森には届かなかったようだ。この人は被害者のことなどどうでもいいんだろう。涼太は、会場の空気とは真逆の熱気が全身を包んでいくのを感じた。

    「次の予定がございますので、これで記者会見を終了いたします」金子の合図で司会の郷原がマイク越しに伝える。「勝手に終わらせないでくださいよ!」怒声が飛ぶが、藤森と金子は一礼して会場をあとにする。記者たちが詰め寄ろうとするが日北不動産の社員たちが壁になり、近寄らせない。「ふざけるな!」「逃げないでください!」誠意のない終わり方に、冷めていた空気が一気に沸騰した。司会席にいた郷原に全員が詰め寄る。

    「いったいどういうつもりだ。これで説明責任を果たしたつもりですか?」郷原はそそくさと資料を片づけ始めている。「社長が説明しようとする意思がないなら広報部長、あなたに説明していただきますよ」幾重にも重なった憤りの矛先が郷原に向かう。「……さき……さきほどの社長の言葉がすべてでございまして……今の時点で説明できることはこれ以上……ございませんので……」絞り出すような郷原の言葉に、涼太の足が無意識に動き出す。

    会社に忠誠を誓っているわけでも藤森という日北不動産の天皇に心酔しているわけでもない。むしろその逆だ。郷原が問い詰められようと同情する気はない。ただ...

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