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広報担当者の事件簿

真のコンプライアンス教育とは?

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    ぼやけていく公私の境 SNSがもたらす破滅〈後編〉

    【あらすじ】
    日乃出広告の佐久陽太は、横浜市で開催するゴールデンウイークのイベントを十日後に控え、準備に追われていた。頼りない新入社員の香川弥彦はスマートフォンから目を離さない。社内に重圧が漂う中、後輩の富永大輝がスマートフォンの画面を陽太に差し出した。そこには、炎上しているSNS上でのやり取りが……。

    底の見えない落とし穴

    今年は例年と比べものにならないほどの人出になるだろう。ゴールデンウイークが十連休ともなると、どれほどの混雑になるのか正直、想像ができない。

    横浜市主催の"臨港パークフェスティバル"の運営を任されている日乃出広告の社内は、十日後に迫った本番への準備で忙殺されていた。スタッフの中には会社に泊まりこむ者までおり、ブラック企業だな、と冗談とも本音ともつかない会話も飛び交っていた。

    七日間連続開催とあって、横浜市にとっても日乃出広告にとっても一大イベント。失敗できない重圧が押し寄せる。日に日にスタッフの顔から笑顔が消えつつある。横浜市から、"横浜の魅力を世界に伝える"広報を任された佐久陽太も例外ではない。市は日乃出広告、というより陽太の実直な人柄を信頼していた。「採用された理由は佐久さんの人柄ですよ」市の担当者がこっそり囁いてきた。「もちろん、企画内容はすばらしかったですけど」そのときは嬉しさと誇らしさに浸ったが、今となってはその言葉が重くのしかかってきている。

    アシスタントには入社間もない香川弥彦がついているが、どうにも捉えどころがない男である。暇さえあればスマートフォンの画面を睨んでいる。暇などないはずなのだが、この男には観念が足りない、というより、ない。

    「香川、管理表できたか」「今、つくってまーす」この男は、人をイライラさせる天才だろうか。言葉遣いが直ったのは数日だけだった。今はまた会話から緊張感が消えている。「告知資料、君は結局、完結できなかったんだぞ。もっと緊張感を持ってできないのかよ」

    三月下旬、横浜市役所の記者クラブに資料を持参してイベントの告知をした。市のイベントだが、各社の記者に読んでもらう資料は日乃出広告が作成した。本来は香川が作成するはずだった資料である。それが、できていなかった。前日に、不安になった陽太が確認すると、「これです」と香川が見せたのは五行の拙い文章が書かれた紙。「これ、なんだ?」「明日持っていこうと思っている資料ですけどぉ」「これで俺に説明しろと?」「はあ……」「お前、仕事、舐めてんのか?」

    新人だと思ってできる限り丁寧に優しく教えてきたが、限界だった。「もういい。俺がつくる」香川が溜息を漏らすのを無視してパソコンに向かいはじめる。室長の長谷健二から教育を任されたが、本人に成長する意識がなければ教育にはならない。

    なぜ、こんな奴を採用したのか理解できない。口がうまいのか、面接のときだけ真面目な男を演じていたのか。それとも、会社側に人を見抜く眼がないのか……。戦力としてカウントするには無理がありすぎる。香川が漏らした溜息をそのまま返したかった。結局、陽太がつくった資料で説明し、翌日、無事に新聞やテレビで紹介された。

    「管理表ができたら、全体の流れを確認するから、夕方までにつくってくれ」「夕方までですかぁ」「ああ夕方までに、必ずだ」陽太が語気を強める。「運営は初めてじゃないんだろ?」「まあ……」スマートフォンに目を落としながら香川が気のない返事をしてくる。「だったら仕切りも分かるだろ」イベント前日の機材搬入からイベント終了後の機材搬出までの計九日間を日にちごとに時間割にしていく。「警備体制は特にしっかり組めよ」「分かってますよ」

    あれ以来、社内では密かに"五行事件"と呼ばれている。香川も気づいており、ぶっきらぼうな口の利き方になってきている。まだ三十路手前なのに、仕事への熱量のなさを感じる。学生気分が抜けず、サークルの延長のようだ。自己成長のためではなく、生活のための時間つぶしか。

    前の会社でパワハラを受けたと声高に叫んでいたが、逆だった。むしろ香川が会社に損害を与えてしまったのを上司が必死に守ってくれたらしい。それでも香川は悪びれず反省もしていなかった。ミスを繰り返す社員に仕事を任せるわけもなく、最後は雑用ばかりさせられていたことを、陽太は人伝(ひとづて)に訊いた。「香川から会社への"ミスハラ"(ミステイク・ハラスメント)じゃないか」会社や上司、同僚から受けるのがハラスメントだと思っていたが、社員が会社に対して損害を与えることも立派なハラスメントだろう …

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