様々な領域で活躍中の広報パーソンに、転機となったエピソードや仕事における信条、若手へのメッセージなどを伺います。
日本旅行の広報を経て、約1200社の旅行会社が加盟する日本旅行業協会(JATA)に出向中の矢嶋敏朗氏は、旅行業界を担当する記者や広報の間では知られた存在。矢嶋氏に仕事術や広報の面白さを伺いました。
話題がなければつくればいい
──広報の仕事を始めたきっかけは。
日本旅行に入社して5年目に、志願して広報室に配属されました。それまでは団体旅行の営業担当でしたが、会社の名前が広まれば営業にもプラスですし、社内に一体感が生まれると考えたのです。1台1億円の特注バスで行く一人112万円の「日本1周バスの旅」を企画したのもこの頃。上司には広報としての話題づくりと言っていましたが、取材対応と称しツアーに同行、“自分のつくったバスを日本中乗り回したい”というのがが本音でした(笑)。バスごと情報番組に生出演したりもしました。
その後広報を離れ、新規事業や格安ツアーの販売なども経験しましたが、向いてない仕事もありつらい思いもしました。「矢嶋は広報が天職だから」と恩人と慕う現在の会長に言われ、2009年に広報に戻ったのです。広報室長を経てJATAに出向し、現在は旅行業の価値向上に取り組んでいます。
緻密に戦略を練るより、走りながら考える方が得意なんです。広報には必要なことだと思っています。
──格安旅行の「てるみくらぶ」倒産の一件では、JATAも対応に追われました。内定者の就職説明会が話題になりましたね。
旅行会社を30社集めて、内定取消者を対象とした面接会を主催しました。運営から報道対応まですべてを担当し、35人中29人が内定、メディアにも数多く取り上げられました。企画から手がけるのは日本旅行の頃から。業界3位前後の会社には、黙っていては取材に来てくれません。「話題がなければつくればいい」と考えていました。
広報は役員に信頼されることが重要。無理と思える要望ものみ込めば、好きなことをしても許してくれますよ(笑)。自分の趣味と、つくる人の個性、メディアの関心を考えながら企画をしています ...