すべての広告、マーケティング担当者は「売上の獲得」のため日々頭を悩ませる一方で、施策がどのくらい売上獲得に貢献しているのかを明確に示す難しさも痛感している。こうした売上の要因についての考え方をトライバルメディアハウスの池田紀行氏が解説する。
「CMが良かったから売れた!」「商品が悪くて売れなかった」など、売上の好調・不調の要因を言い当てる会話はマーケターに限らずそこら中で繰り広げられています。売れた理由、または売れなかった理由は、商品力、価格、配荷力、ブランド力、広告やプロモーション、PR、販売促進、バズ、クチコミ、インフルエンサー、競合の存在や景気などいろいろありそうです。何が本当で、何が嘘なのでしょう。
例えば、街の小さなベーカリーショップの売上でさえ、少なくとも次のような要因が影響を与えています。
味の良さ、地域住民のニーズに合った商品の品揃え、適度な店頭在庫、手ごろな価格、来店しやすい立地、わかりやすい看板、開放感の高い外観と適切な照明、駐車場の有無や駐車のしやすさ、店舗の清潔さ、店員の気持ちの良い対応、チラシやDM、スタンプカード、SNSでのエンゲージメント、Googleマップなどでのクチコミ(レビュー)、雑誌やWebメディアでのPR露出、競合の存在、天候や気温などです。小さなお店ですら、これだけ多様な要因の影響を受け、売上が上がったり上がらなかったりしているのです。
大企業の売上要因のわかりにくさ
大企業ではこれがもっと複雑になります。長い歴史、ブランド資産、商品点数の多さ、過去に購入した膨大な数の顧客の記憶、ロングセラー商品や数多くの新商品、膨大な量の広告・PR・販売促進施策の遅延浸透効果など多岐にわたります。そして売上を上げるために、各社、複数の部署が数多くの施策を同時に展開していることも「何が要因で売れたのか(売れなかったのか)」の原因特定を難しくしています。
商品力や広告など、売上に影響を与えている要因を説明変数、それを受けて発生した売上を目的変数とすると、大企業の売上は膨大な数の説明変数が影響を与えていることがわかります(図1)。これが大企業のマーケティング効果測定やROI検証を難しくしている要因です。
しかし、よくわからないから効果測定しない(できない)では済まされないため、各社、広告やPR、販売促進がどのくらい今期の売上獲得に寄与したのか定量的に計測しようと努力をしています。
一方で、こんな笑い話があります。ある会社の事業責任者が事業部や宣伝部、マーケティング部など各部署から報告を受けました。各部門長が当該年度に行った新商品や広告がすべて「当たった」ことを誇らしく、定量データで報告したところ、事業責任者は眉をひそめてこう言いました。「おかしいな⋯、君たちの報告が本当なら、我が社の売上は3倍になるはずだ」。
このように、各社、事業部、広告宣伝部、マーケティング部などが自分たちの努力や施策が売上を向上させたことを過大に評価し、報告をする傾向があります。そのため、全体を評価し、予算を配分する事業責任者は何が効いて何が効いていないのかわからない状況が続いてしまうのです。
大企業のマーケティングを20年以上にわたって支援してきた筆者の経験では、大企業の売上に影響を与える大きな説明変数として、商品そのもの、売り場(ストアカバレッジ)、想起、好意、クチコミ、ソーシャルメディア、オウンドメディア、インフルエンサー、ブランド、ロイヤルカスタマー、広告、PR、販売員、店頭販促、流行、外部環境要因、価格などが挙げられると考えています。誌面の都合上、すべてを解説することはできないため、本稿では売上を構造的に捉える上で役に立つ3つのフレームを紹介します。
売上を決める2つの「しやすさ」
前述した通り、売上(目的変数)に影響を与える要因(説明変数)はたくさんありますが、マーケティングのゴールを「買ってもらうこと」と単純化した場合、重要な要素は2つに集約できます。それが「ブランド想起のされやすさ(メンタルアベイラビリティ)」と「買い求めやすさ(フィジカルアベイラビリティ)」です(図2)。
例を挙げてみましょう。私がいま食事に合わせて「お茶を飲みたい」と思ったとします。すると、私の頭の中では真っ先に「伊右衛門」が思い浮かびます。数ある緑茶飲料の中でサントリー食品インターナショナルの伊右衛門が私の第一想起を獲得した瞬間です(=メンタルアベイラビリティ)。
次に、飲むためには購入する必要があります。私の自宅から徒歩1分のところにセブン-イレブンがあり、そこで購入できます。ほぼすべてのコンビニに「伊右衛門」は置いてあるため、国内のおよそ5万8000店のコンビニで買うことができます。仮に近くにコンビニがなくても、国内40万台を超える自動販売機で買うことができます。もちろん、スーパーやドラッグストアでも購入可能でしょう。つまり、いつでも、どこでも買うことができるのです(=フィジカルアベイラビリティ)。
このように、「伊右衛門」が売れている理由は、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの両方が高い状態で保たれているからなのです。売上は、「思い出してもらいやすさ」と「買い求めやすさ」の2つの強さによって決まる。これらは常に競合との綱引きによって勝ったり負けたりしていることを覚えておいてください。
そしてメンタルアベイラビリティは、フィジカルアベイラビリティからも影響を受けていることを忘れてはいけません。スーパーやコンビニ...