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売上を伸ばすための基礎知識 販促の基本

商品を買う価値を伝える「価格上昇時代」を生き抜く値上げの作法

小阪裕司(オラクルひと・しくみ研究所)

近年の物価上昇局面において、多くの人や企業が「値上げ」を余儀なくされています。一方で、少しでも値上げをすれば、お客さまが離れてしまうという恐れを抱いている方も少なくありません。本稿ではオラクルひと・しくみ研究所の小阪裕司氏が「価格上昇時代」を生き抜く値上げの作法を解説する。

長くデフレが続いた日本では、値上げに慣れていない人が多い。というよりもむしろ「値上げは悪だ」と思っている人が多いようです。そして、そんな人にぜひ、ご紹介したい研究結果があります。

ノーベル賞教授が語る「値上げ」とは

プロスペクト理論で知られるノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマン教授が行った、価格に関する研究。ある地域のレタスが品薄になり、卸値が上昇。そのため、レタスを1個当たり30セント高い卸値で仕入れることになり、売り値を30セント高くした。すると、約8割の人がそれを受け入れてくれた、というものです。

この研究では、理由があり、その理由が妥当であるならば、お客さまは値上げを受け入れてくれることが示唆されています。また、同様の研究では、工場での生産コストが下がった際、価格をその半分だけ下げたところ、やはり約8割の人がそれを受け入れてくれた。つまり、生産コストが減った分価格を下げなくても納得してくれる人が多かった、という結果も得られています。さらに、コストが下がったのに、価格をまったく下げないという選択をした場合でも、約半数の人はそれを受け入れました(図1)

図1 ノーベル経済学賞受賞ダニエル・カーネマン教授の研究

これらのメカニズムは、「二重権利の原理」と呼ばれています。この研究知見から得られることはいくつもありますが、一つ確実に言えることは、「理由が明確なら人は値上げを受け入れる」ということです。これは20年も前の研究ですが、消費者心理は大きくは変わっていないでしょう。

今回の価格上昇局面において値上げを余儀なくされた会社や店から、「その理由を説明すべきかどうか」という相談をしばしば受けますが、この研究結果を踏まえて答えれば、「説明すべき」ということになります。

「価格」は主役ではない 買う価値を伝える

ただ、私はそこで「原価高騰のためやむを得ず⋯⋯」といった言い訳をするのではなく、一歩進んで「この商品を買う価値を伝える」ことに力点を置いたほうがいいと考えます。そこでご紹介したいのが、「二つのハードル理論」です。

お客さまがものを買うまでには、二つのハードルを越える必要があります。最初のハードルは「買いたいか、買いたくないか」、そして、その先のハードルが「買えるか、買えないか」。売り手にとって高いのは一つ目の「買いたいか、買いたくないか」のハードルで、それに比べれば「買えるか、買えないか」のハードルは低い。「買いたいか、買いたくないか」のハードルを越えてもらうには、お客さまに「あなたがこの商品を買う価値」を伝える必要があります。つまり、「価格を語る前に価値を語れ」ということです。

一つ実例を紹介しましょう。東京都板橋区主催「ワクワク系の店づくり実践講座」に参加した惣菜店の例です。同店では例年11月から、ひときわ手間をかけてつくっている自慢のビーフシチューを売っていました。価格は800円。周囲の惣菜店やチェーン店ではビーフシチューをもっとずっと安い価格で売っていたので、価格差はかなりありました。そして自慢の品ながら、なかなか売れませんでした。

しかしそれは当然の話で、実は当時その商品の売り場にはプライスカードが貼ってあるだけ、そこには「ビーフシチュー 800円」としか書かれていなかったのです。安い高い以前に、「買いたい」というハードルを越えられていませんでした。

そこで、その価値を伝えるべく、POP(店頭販促物)に「大きなお肉をじっくり煮込み余分な脂をとりのぞき、三日がかりでつくりました、当店のおすすめです」と書いて貼ったところ、売上は一気に例年の2倍に。「買いたいのハードル」を越えさえすれば、価格の高さはそれほどのハードルにはならないということがよくわかります。

ここで、大事なことを申し上げます。ビジネスにおいて、「価格」は主役ではない。主役は「価値」だ、ということです。お客さまは価値を感じれば、価格は二の次になります。二つのハードル理論で説明すれば、「買いたい」のハードルを越えたあと、お客さまが確認するのは「買えるか・買えないか」だけ。今買おうとしている商品・サービスが、自分にとって価値があると考えれば考えるほど、お客さまにとって「買えない」のハードルは下がり、その価格も「妥当」になるのです(図2)

図2 二つのハードル理論

価格の前に伝えるべきこと 自社が提供する価値を知る

これは、値上げの局面でも同じ。価格の話の前に、価値を伝える。「この価値だからこの価格です」「この価値を維持するには、この価格になります」と説くのです。

一例として、都内のあるペットサロンが値上げに踏み切った経緯をご紹介しましょう。2022年5月、同店が営むサービスのうちトリミングとペットホテルの料金を大幅に値上げしました。その背景には、光熱費や備品などの価格高騰もありましたが、そもそも業界全体としてトリミング料金が安すぎるという問題もありました。値上げにあたって店主は、世の中の流れに便乗し、単に...

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