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ビッグデータで防災が変わる

気象ビッグデータの100%活用を目指す、元エンジニア社長の挑戦

越智正昭(ハレックス 代表取締役社長)

今年、さまざまな分野で注目を浴びたビッグデータ。活用されるデータや活用意図はさまざまあるが、本レポートでは防災・減災の視点でデータを分析・加工しようと取り組む例を紹介する。

PC上にカーソルを合わせると、1キロ平方のピンポイントで、降雨予測などの情報が表示される。

気象データの97%は活用されず

今秋、これまでにない頻度で日本列島を台風が直撃した。豪雨による河川の氾濫や土砂崩れで甚大な被害を受けた地域もある。もし、「土砂崩れの危険がすぐそこまで迫っている」と事前に伝えることができていたら......。

ある鉄道会社は、昨年の土砂崩れによる脱線事故をきっかけに降水レーダーの解析データを用いた土砂災害警戒システムを新たに導入した。それまでは、沿線の80カ所に雨量計を設置し、ある一定量を超えたら電車を停める方法で災害発生の防止に当たってきた。しかし、当日の大雨はいわゆる「ゲリラ豪雨」。局所的な大雨のため、設置された雨量計ではその危険を察知できなかった。「雨量計は、いわば過去のデータ。災害は予想できなければ、その被害を防ぐことはできません」と民間気象会社ハレックスの越智正昭社長は話す。この鉄道会社が採用したのは、1キロメートル平方単位で降水量の推移と今後の降雨見込みが分かり、かつその地点での1時間ごとの降水量の蓄積量も表示。両者のデータを掛け合わせ、降水量が一定量を超え、降雨予測が見込まれれば「アラート」を出してくれるという防災システムだ。

このシステムのもとになっているのが、気象庁が有料で提供している「特定利用者向け予報」。いわば"気象のビッグデータ"だ。気象庁のスーパーコンピューターからはじき出されるのは、最少1キロ平方単位の高精度で膨大な数値データで、リアルタイムに提供される。これを活用すれば、72時間先の気象変化をシームレスに把握することも可能になり、注意報や警報に該当する気象変化を「予見情報」として提供することもできる。ゲリラ豪雨のような記録的短時間大雨といった現象も、6時間先までであれば1時間ごと、1時間先までであれば5分ごと、1キロ平方単位でその降水量予報を提供することもできる。広くあまねく公平にという原則から、予報単位は5キロ~10キロ、予報頻度は1日4回という「一般利用者向け予報」に比べると、かなり詳細なデータだ。

しかし、そのままでは企業や自治体は使えない。「企業の皆さんが欲しいのは、『いつ土砂崩れが起きそうなのか(だから電車を停める)』『いつ社員を帰らせれば危険が少ないのか』『今日は店舗を何時に閉めたらよいのか』といった企業活動における判断に直結する情報です。そのニーズを考えれば、企業や自治体が無料で目にする『天気予報』や『注意報・警報』は、非常時はもちろん、普段の事業活動においても情報として不十分ではないでしょうか」。気象庁が持つデータの「97%は活用されていない」と越智さんは断言する。

降水量の推移と降水見込み(上)、1時間ごとの降水量の蓄積量を表示(下)。

緊急地震速報を受け、1キロ平方のピンポイントで推定震度予測を出す。かかる時間は、わずか1分だ。

エンジニア×気象予報士

一般に民間気象会社の収益の多くは、気象予報士の派遣が占める。しかし、NTTデータでエンジニアや営業部長を務め、10年前にグループ企業であるハレックスの社長に就任した越智さんは、気象ビッグデータを生かしたビジネスの可能性を直感したという。「使い切れていない膨大なデータがあり、その使い方を熟知した多数の気象予報士がいる。そこに、エンジニア出身の私がきた。その状況に気づき、予報士たちの知恵を借りながら、また複数の企業にアドバイスをいただきながら、夢中になってこのシステムをつくり上げました」。

ビッグデータは、「空」に限られたものではない。たとえば、緊急地震速報などの「地」、さらには「海」の情報も得ることができる。これらを個別に、また総合的に提供できれば、より利便性の高いものができあがる。

さらに、日本の防災システム向上のためには、省庁を越えた協力も必要だと越智さんは指摘する。「気象庁は国土交通省、消防庁は総務省と管轄が異なる。とはいえ、気象庁の情報をもとに消防庁が避難勧告を出す。両者が持つ情報を適切に生活者に提供するためには、両者から必要な情報を買い上げ、適切な形で提供する"官民官"連携の形を探ることもできるかもしれません」。

リスクマネジメントの世界で「クライシスは、事前の備えが何より大事」というのは常識。ところが、それが自然災害のこととなると「自然はコントロールできないのだからやむを得ない」という論調が大勢を占めがち。8月、気象庁は「特別警報」を新たに導入するなど被害を未然に防ぐ強化策を打ち出しているが、その発令は直前だ。「防災活動は発災後、どのような対応をすべきかという点に注目される傾向があるが、災害発生前に被害軽減策として何をすべきかについては議論が十分ではない」と話す越智さん。「これは、われわれ民間気象予報会社の責任も大きい」と言うが、企業や自治体の危機管理担当者にとっては耳が痛い話かもしれない。

越智正昭

ハレックス 代表取締役社長

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