企業の広報戦略・経営戦略を分析するプロが、データドリブンな企業ブランディングのこれからをひも解きます
今回のポイント | |
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① コロナ禍における経営リスクの不透明感 | |
② ESGに関する社会課題への消極姿勢=リスクに | |
③ ESGは企業の課題も、責任も明確にする |
企業広報戦略研究所では、隔年で企業の広報力に関する調査をしています。2020年、新型コロナウイルスに対する緊急事態宣言の発令中に実施した同調査では、宣言解除後に強化したい広報活動を企業に尋ねたところ、危機管理力の項目では「自社の経営リスクの予測」(32.9%)が第1位、続いて「継続的な緊急時シミュレーショントレーニングの実施」(30.6%)、「危機管理マニュアルの整備」(30.0%)が上位に挙げられています(図1)。
多くの企業においては、コロナ対応に多大な経営リソースが費やされました。調査結果からは、コロナ禍の新たな経営戦略にとってのリスク要因を急ぎ再点検したい、という企業の危機感がうかがわれます。
複雑化・多様化するリスク
では、最近の経営リスクにはどのような特徴があるでしょうか。コロナ禍を経てネットワーク化が進んだことで、ランサムウェアなどサイバーセキュリティに対する脅威が散見されます。また、メガバンクのシステムトラブル、電気メーカーの検査不正など、コンプライアンスに端を発した不祥事が目を引く中で、特に、女性蔑視、社会的弱者に対する無配慮、人権問題など、企業の倫理的あるいは人道的思慮不足に起因した事例が目につきます。
企業では、SDGsというゴールに向かって、さまざまな社会課題への取り組みを始めています。こうした社会の趨勢と投資を鑑みて、企業は否応なくESGへの取り組みを強化せざるを得ない状況になりつつあります。本連載の前回で、「ESGの取り組みは実施するだけでは十分でなく、多くのステークホルダーに認知してもらって初めて企業価値となる」という指摘をしましたが、社会全体が企業の取り組みに敏感になった結果、企業にとって社会課題への意思表示を怠ることは、リスク要因のひとつになる、と考えられます。
社会課題を避けることがリスク
以前であれば、リスクマネジメントの観点からは、自社に直接関係のない環境問題や人権問題などのデリケートなテーマに対しては、あえて火中の栗を拾わないことが賢明とされてきました。しかし昨今では米国を中心に、環境問題や人権問題に対する明確な意思・姿勢を提示する企業が増えてきています。人権問題にかかわる原材料の使用について、アパレルメーカーがその対応に苦慮したケースもありました。日本国内のみならず国際的に大きな批判を浴びるケースもあるため、視野を広く持たなければなりません。
特に、環境問題や人権問題は、ある種の政治問題や国際紛争を背景とする場合が多く、企業としては踏み込んだ発言は難しいところがあります。しかし、SNSが強い力を持った現在では、複雑な社会課題を避け、公へのコメントをしないことがむしろ、経営リスクとなりうる時代になったのです。
経済安全保障も企業の責務
データガバナンスについての問題もありました。国際競争を背景に、ユーザーのデータが国内外のどこで管理されているのか、生活者にとっては切実な問題であり、企業にとっては重要なリスク要因です。企業機密漏洩も話題となっており、多くのサイバー攻撃は海外からが大半です。企業が守るべき情報は膨大で、防衛はますます困難になっています。直近の調査では、ガバナンスに関わる事象で期待される取り組みの第1位は、「情報セキュリティやプライバシー保護への取り組み」(12.9%)となっています(図2)。
ESG経営に関連するリスク
また同調査では、月1回以上株式売買を行っている個人投資家の約7割(69.0%)、月1回未満の株式取引または非保有者でさえも約6割(57.6%)が、企業のESGへの取り組みを考慮して投資を考えると回答しています(図3)。近年注目が集まるESG投資からそれをどう活用するのか、企業は責任を問われ始めています。サプライチェーン、使用するネットワークシステム、そして製品やサービスなど、自社だけでなく、影響を及ぼすあらゆる環境や社会に対して、企業は今一度見直す必要があるでしょう。
ESGは企業における課題を明確にした半面、企業の責任も明確にしました。真摯に取り組めばそれは企業価値の創造・強化に役立つものの、表面的な取り組みや、だんまりを決め込む態度は、その姿勢を突かれて逆にリスクになりうる時代なのです。課題に直面した際には経営層が自社の対応能力を十分に検討した上で、社会に対して明確な意思表示を行うことが重要です。
OPINION
米国におけるリスク認知の変化とその国際化
リスクに対する考え方は国や社会によって異なります。ところが近年、米国における認識の変化やそれに伴う運動が諸外国に波及するケースが頻出しています。#metooや#BLM運動はよく知られていますが、国際的イベントの関係者を巡る解任・辞任騒動も過去の行為を取り上げ糾弾する、2019年以降米国で広まったキャンセルカルチャーの日本版でした。従来リスクが高いと考えられた政治的・社会的話題に関する発言を企業が行うコーポレート・ソーシャル・アドボカシーも日本で散見されるようになりました。
これらが米国と価値観や社会情勢の異なる国でどの程度定着するのかは予測が困難です。国内外の文脈でリスク認知の変化を捉え、対応を検討する必要性は今後、一層高まっていくと考えられます。