日本唯一の広報・IR・リスクの専門メディア

           

メディア研究室訪問

講義では伝えきれない現実 現場にこだわる被災地取材

横浜国立大学 ジャーナリズムゼミ・スタジオ

メディア研究などを行っている大学のゼミを訪問するこのコーナー。今回は横浜国立大学の高橋弘司ゼミです。

高橋ゼミのメンバー(2020年3月撮影)。

DATA
設立 2013年
学生数 2、3、4年生ともに定員8人
OB/OGの主な就職先 日本放送協会(NHK)、TBSテレビ、テレビ東京、朝日放送、毎日放送、TBSスパークル、日テレアックスオン、朝日新聞、毎日新聞、共同通信、時事通信、東京新聞、北海道新聞、日本生命、第一生命

横浜国立大学でジャーナリズム、メディア論を教える高橋弘司准教授。2013年の着任から、ゼミ活動を通して被災地取材を行ってきた。1年目の2013年は岩手県釡石市と大槌町。2014年からは福島原発事故の取材に力を入れている。

「2011年に起きた東日本大震災の爪痕はまだまだ癒えることなく、復興どころではない地域も多くあります。そのひとつが福島原発により避難を余儀なくされた地域です。しかし、多くの国民に、その実態は十分に伝わっておらず、風化しているように思えます。まして、事故当時その多くが小、中学生だった今の大学生にとっては当時のニュースを覚えていない人も多いのです。『現場に行かなきゃ分からない』というジャーナリズムの基本姿勢を学ぶのにこの活動はぴったりだと思います。学生たちにはウェブやTVで流れてきた情報だけで判断せず、もっと世の中を深く知ってほしいです」と高橋准教授は語る。

「福島」を自分ごとに

福島取材合宿は例年3、4日間かけて夏季休暇前の期間に実施。あらかじめ大まかな訪問先は決めておくものの、現場でどの被災者に何を聞くかは学生の判断に任せ、可能な限り必ず自由取材の時間を設けている。合宿後、学生たちが印象に残った被災者の話や被災地のルポをひとり最低2本、1200字から約2000字の記事を執筆し、冊子『福島を見つめて』にまとめる。

通算7冊になった取材合宿報告冊子『福島を見つめて』。

「1カ月ほどで完成稿まで持っていくのは大変です。原稿を書き始めると現地で聞き漏らしたことがどんどん見つかります。特に被災者の思いに関してはできるだけ『生の声』を入れるように指導しています」(高橋准教授)。

現3年生の濱本菜々美さんは、避難生活中に母親を亡くした70代の女性に取材した際「もっと母子の関係性を深掘りできるといいね」と高橋准教授からアドバイスをもらい、電話で追加取材を行った。早くに父親を亡くし、女手ひとつで育てられたことを知って母親を亡くした女性の悲しみが一層理解でき、自分ごと化して考えられるようになったと話す。「『私が書かないとこの人の経験が風化されてしまう』という使命感を背負いながら記事を執筆しました。経験を社会に還元することの大切さと面白さを学べました」。

福島合宿での活動をきっかけに、時事通信社の記者になり、福島支局で取材を続けている山本舜也さんにも話を聞いた。

「合宿を通し、“被災地”という見方だけではなく、そこに生きる一人ひとりの生活があると知りました。社会で起きていることを深く理解するには、その現場の声を直接聞いて、自分の目で確かめることが何よりも大事だということを学べました。横浜から来た見ず知らずの学生のために、親切に接してくれたこと、『また来て』と言ってくれたことが、福島を放っておけないという思い、“自分ごと”に変わった瞬間です。住民が抱えている苦しみや、改善されるべき課題はなかなか表に出てきていません。彼らのために市民の声を拾い上げる記者を志すようになりました」。

福島原発事故で避難したお年寄りらに聞き取り調査するゼミ生たち(福島県郡山市の避難者交流施設で、2019年6月)。

社会問題を深掘りする

被災地取材はとてもセンシティブなもの。多くの学生が取材前、「どういう風に話しかければいいか分からない」「どこまで聞いていいのか」と躊躇するという。高橋准教授は「被災者の気持ちに寄り添い、ただ横に座って雑談できればいい、と伝えます。講義室でいくら話してもリアルな現状、想いは伝わらない。文章力や技術も大切ですが、学生たちにはこの活動を通して、視野を広げ、社会の問題を深掘りするやりがいや楽しさ、意義を感じてもらいたい」と思いを語る。

学生に自分の目と耳と感性で、社会の不条理を知ってほしい

高橋准教授は毎日新聞社で32年間記者を務めた。記者時代は主に事件取材、調査報道、国際ニュースに関わった。1995年の阪神・淡路大震災が起こった当時には、大阪本社社会部の連載担当キャップを務めた。

「東日本大震災当時は取材の最前線を離れていましたが、プライベートで被災地を訪れて生の声を聞きました。しかし、年月が経つと風化してしまっていることに課題を感じていました。大学教員になって、次世代を担う若い学生が被災地の現状を知る『ジャーナリズム実践教育』ができたらという想いを形にしました」と経緯を話す。

「被災者や避難者と言葉を交わすことで、ニュース、情報だけでは得られない実感や感情が必ず生まれます。2020年はコロナで、福島の被災地訪問を延期していますが、今後もリアルな声を聞く機会を多く設定できればと思います」。

高橋弘司(たかはし・ひろし)准教授
1981年、毎日新聞社入社。大阪本社の社会部、特別報道部を経て、カイロ、ニューヨーク各支局長などを歴任。2013年に横浜国立大学着任、教育人間科学部など担当。記者時代に「ソリブジン」薬害報道で日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞受賞。

無料で読める『本日の記事』をメールでお届けいたします。
必要なメルマガをチェックするだけの簡単登録です。

お得なセットプランへの申込みはこちら

メディア研究室訪問 の記事一覧

講義では伝えきれない現実 現場にこだわる被災地取材(この記事です)
700人以上のメディア関係者から多様な視点とセンスを磨く
企画・制作・編集を自ら担う 月1本の番組制作で人間力育成
番組制作はコミュニケーション 人との関係を学ぶゼミ
ドキュメンタリー制作から学ぶ スキルとコミュニケーション
広報会議Topへ戻る

無料で読める「本日の記事」を
メールでお届けします。

メールマガジンに登録する