この世には「バカ」がつくほど愛される、PR上手な商品・サービスがある。そんな「PRバカ」と呼べる存在を求めて、筆者が仕掛人を訪ねていきます。
File:5 別府市「湯~園地」
泡まみれのジェットコースター、浴槽が回るメリーゴーラウンド……。2016年11月、タオルを巻いた姿でウロウロする、温泉と遊園地が合体したテーマパーク「湯~園地」の動画をYouTubeで公開し、「100万回再生で実現します」と公約してしまった大分県の長野恭紘別府市長。
私自身、面白いことするなぁとは思いつつ、現役の市長さんがここまでやる理由がどこにあるんだと思いながら見ていました。失敗したらカッコ悪いし、お金はどうするんだろうとか。同じように思った人からは「やっちゃった市長」のようなあだ名もネット上で付けられたくらいです。ですが8カ月後の2017年7月、結論としてはこの「湯~園地」を本当に実現してしまいました。
この取り組みは自治体PRの参考になることも多いはずです。そこで、長野市長に突撃取材するために、別府まで行ってきました。
市民を巻き込むイベントに
別府市役所の1階にある受付で「やっちゃった人にアポイントがあるのですが……」と訪ねると、「あ、市長ですね!」とすぐに快くご案内していただくことができました。2階の市長執務室の前にいる秘書さんももちろんきちんとしています。ふざけた動画をつくっていたのと打って変わって、おもてなし姿勢満点の素敵な市役所のようです。
単刀直入になぜこんなことを企画したんですか?とお伺いしました。長野市長曰く、「別府市は観光が税収の大きな柱になっています。どこの地方都市も抱える問題だとは思いますが、人口が減ると観光客の数も減るということは大きな懸念材料です。この動画を出す前に熊本地震があり、九州全体の観光客が激減しました。こういうときこそ、市民の意識を変えたかったんです。ですから、外から何かを持ってくるのではなく、市民たちと一緒につくり上げるプロセスを大事にしたかったのです」。
なるほど、綿密な計画のもとにあの奇天烈な動画を制作したわけだったのか、と目から鱗のお話でした。
別府温泉というブランドは、全国の温泉の中でも知名度でトップ5に入ります。ですが、東京・大阪などの大都市からは離れていることもあり、場所的には不利です。周辺には、黒川温泉、湯布院などの競合温泉もあります。
別府の強みを考えた場合、通常の温泉地よりも広範囲に温泉が湧き(日本一の湯量を誇る)、町自体が大きく、比較的大規模な温泉町であるということが特徴でした。ですから、地元の人を組織化し、町としてのお祭り的なイベントに仕上げていくことが重要でした。
実際に、湯~園地イベントのボランティアスタッフはなんと延べ1200人。ちなみにお客さんは9165人でした。多くのボランティアスタッフの協力があったんだと思いましたが、あれだけ話題になったイベントに関わったことは何事にも代え難い強烈な成功体験になります。私の知り合いの別府市民もたくさんボランティアとして参加していました。市民の意識を変えたいという長野市長の想いが実現しているわけです。
「湯~園地」は2017年7月29日から3日間限定で開催されました。「別府ラクテンチ」という地元に古くからある遊園地で、1日の入場券(タオル)を3000枚としたイベントになりました。このタオルも湯~園地に賛同していただいた方からの支援金をもとにしたということでした。当日は別府8湯にかけて、8つのアトラクションを導入。プールに温泉を入れたり、ジェットコースターの座席を泡でいっぱいにしたりと、既存の設備を改造して完成させました。
筆者は元々、花王で界面活性剤を専門にしていましたので、「市長、泡の問題は大丈夫だったんですか?」と聞くと、「そうなんです。雨がジェットコースターの線路に流れると界面活性剤で滑ってしまいジェットコースターの制御がきかなくなる可能性があるので、雨が降ったらこのアトラクションは動かさないと決まっていました。幸いにして3日間は晴天。ツイてましたね」。
ソーシャルメディアで当日の様子は色々とアップされていますが、皆さんとても楽しそうです。緊急時のサポートスタッフはカッパの格好をしており、アトラクション以外の工夫もたくさん。ボランティアスタッフの市民たちが自主的に考えて生まれたアイデアも多いのだそうです。
美崎's eye
税金を1円も使わず実現
別府市は今回、クラウドファンディングで資金調達し、市民からの税金は1円も使わずに「湯~園地」を実現させました。YouTubeを通じて公約したのは、市の税金を使わずにクラウドファンディングでお金を集めるためでもあったのです。その結果、たった4日で再生回数が100万回を超えました …