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広報担当者の事件簿

身に覚えのない誤報 自社を守るための「手段」とは?

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    繊維メーカーが陥った「敗北」に怯える記者の罠〈後編〉

    【あらすじ】日本国内の繊維市場で三本の指に入る東西繊維株式会社の広報担当を務める勝間田俊太郎。タイの大手繊維メーカーの買収に関する発表をした翌日、東京経済新聞にまったく心当たりのないスクープ記事が掲載された。ネタ元はどこかと探っているうちに、とある記者にたどり着く⋯⋯。

    実体のないスクープ

    「こんなこと誰が言ったんだ」。広報部の勝間田俊太郎はオフィスの入口に視線をやる。「広報で対応したのか?」

    あの記事か。今朝、自宅で読んだ東京経済新聞のスクープ記事のことだろうと溜息をつく。昨日発表した売上高でタイ国内第二位の繊維メーカーの買収を主導した男、常務取締役の上河内恒次が丸めた新聞を右手に持ち、近づいてくる。

    「取材か?それとも間違ったリークか」上河内が口調を荒げる。「取材もリークもしてませんよ」広報部長の伴内剛裕も表情を消して応じる。「誰かが適当なことを吹聴したからこうして出てるんだろ」これだけの記事、誰かが言わなければ書けないだろ。新聞記事を突き出しながら詰め寄る。

    =タイ工場、人員整理へ 東西繊維=

    東京経済新聞に大きく見出しが立っている。まったく事実無根の記事である。上河内が唾を飛ばしながら乗り込んでくるのも理解できる。

    「取材は受けていませんし、東経とは記者会見で記者と名刺を交換しただけですよ。どうやってリークするんですか」抑揚のない声で伴内が返す。勝間田と視線が合う。「名刺交換したのは私ですが⋯⋯」と言いながら名刺を出す。「三川涼馬」。「書いたのはこの記者なのか」名刺を凝視した上河内が言う。「確認しないと分かりません」

    伴内が部内を見渡す。七人いる広報部員全員が伴内の視線を受けとめる。「東経に抗議します」記事を指しながら語気を強める。「口頭で抗議したところで、相手は認めんだろ」。

    「私の名前で、内容証明郵便で編集局長宛に行います」と伴内が付け加える。「言ってないんだな?」なおも疑いの目を向ける上河内に、伴内が鋭い視線を返す。「しつこいですよ」。上河内は背を向け、入ってきた通路を戻っていった。

    全員で記事を何度も読み返す。買収の決定を発表したばかりなのに、人員整理などあるわけがない。勝間田は、何を根拠に書かれた記事なのか理解できないでいた。あの記者が書いたのだろうか。三川は焦っているように見えた。余裕のない表情、イライラした態度、荒い言葉遣い。記者会見の場にいたほかの記者とは明らかに雰囲気を異にしていた。東経からは三川のほかに二人の記者が来ていたが、東西繊維とは直接関わりのない担当分野の記者だった。

    「三川だと思うか」伴内が訊いてくる。「書いたのが誰だろうと、完全な誤報は許せないですね」。

    徹底的に戦いましょうよ、と言いかけて言葉をのみ込む。しかし伴内は一瞬口角を上げ、宣言する。「徹底的に戦うぞ」。真剣な目で全員を見る。「私が書きます」間を空けず追従する。東経と企業の“もたれ合い”は広報なら誰もが理解している。東経の記者はネタは企業が持って来てくれると胡あぐら座をかき、企業は東経に持ち込めば記事にしてくれると頭を下げ続けてきたのだ。緊張感など皆無となり、お互いの成長を止めることになっている。

    「部長。東京経済新聞から電話です」広報部に異動して半年の新川愛梨が窓を背に座っている伴内に向く。「編集局長の斎藤さんからです」「回してくれ」。「まあ見てろ、新川」隣にいた勝間田は声をかける。「あの人は筋を通さない人間が大嫌いなんだ。必ず原因を究明してやる」。

    「⋯⋯取材元を確認させていただきたい。弊社の社長以下役員や関係部署の部長にも確認したんですが、誰も取材など受けたことはない、そう断言しているんですよ」顔は穏やかだが、強めの口調で伴内が続ける。「もちろん、担当レベルまで確認しましたよ。答えはノーでしたがね。この記事を書いた記者に直接確認したいので、こちらに電話をいただけるようお願いできませんか」通話は十分ほど続いた。

    「⋯⋯そうですか。残念ですね。あなた宛の抗議文を弊社のホームページに掲載させていただくことになります。各社から問い合わせも来ていますし、早急に『まったくの事実無根です』と発表させていただきます。よろしいですね」。表沙汰になれば書いた記者だけでなく、あなたも無傷では済まないよ、と脅しめいた雰囲気を漂わせている。

    強張らせた顔の新川が勝間田を見る。“大丈夫”の意味を込めて、勝間田は小刻みに首を縦に振る。「こちらは、はっきりさせたいだけですから」弊社が“こちら”に変わっている。「ご連絡をお待ちしています」と告げ、伴内が受話器を置く。勝間田と視線が合い、互いに首肯する。「考えるだろう、編集局長さんも。自分が可愛いからな」 …

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