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広報担当者の事件簿

不祥事の原因となる老舗・大企業の「劣化」とは?

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    慢心が招いた老舗陶器メーカーの危機〈後編〉

    【あらすじ】
    老舗の陶器メーカー・加賀陶器で広報担当を務める河野陽太。ある日、製品の販路拡大のため中国に派遣されていた社員が他社の情報を持ち出したとして、地元紙が朝刊でスクープを打った。状況を知らされておらず戸惑う河野の元に、全国紙の記者から電話が……。

    守るべきは誰の未来?

    「発表する予定は」。関係部署が集まった会議の最中、震えた携帯電話の画面を見ると暁新聞の古賀不二也記者からだった。廊下に出て通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは抑揚のない冷えた声だった。

    暁新聞は発行部数で七百万部を誇る全国紙。古賀は北陸地方を統括する立場にあった。社会部畑が長い割に温厚で、思慮深い記者というのが周囲の評価である。「加賀陶器社員、中国で拘束 他社の営業情報を持ち出しか」。加賀新聞の朝刊一面に掲載された記事を目にして心穏やかでいられる記者などいるはずもない。加賀新聞は中国に支局を持っていない。となれば社内の誰かがリークしたのだろう。

    暁新聞に限らず加賀新聞以外のマスコミにとっては"やられた"以外に感情はない。「こちらも詳細をつかめていないんです」「詳細が分からない?今朝の記事はかなり細かく書かれていますよね」「事実かどうか確認をしています」「拘束されていることは確認していますよね」「それも含めてです」一瞬、フンッという吐息が耳にとどく。

    二カ所ある会議室の扉がほぼ同時に開く。関係部署が集まった会議が終わったようだ。河野陽太を見つけた広報部長の上田誠也が目を一瞬大きく見開き「どんな具合だ?」と合図してくる。陽太が携帯電話の通話をスピーカー機能に切り替え、古賀とのやりとりが上田にも聞こえるようにしてやる。

    「確認されていない情報をアサ(朝)刊、しかもトップ面で打たないでしょ」あくまで抑えた声で、じりじり詰めてくる。「確認でき次第、説明するようにしますので、もう少しお待ちください」「どなたが説明に来てくれます?」「……」。

    思案する陽太と上田の目が合う。「しかるべき立場の者から説明させます」と上田が手に持っているメモ帳に書いて指示を出してくる。「しかるべき立場の者って?」古賀は通話を切ろうとしない。「事実関係の状況にもよりますが……」上田が"部長以上"となぐり書きのメモを指す。

    「(記者)クラブでやってもらうのが一番いいですね。我々が御社に伺ってもいい」「……含めて検討します」「またかけます」。古賀は「これで終わりじゃない」という意思表示をして通話を打ち切ってきた。陽太は大きく息を吐く。「ご苦労さん」上田が声をかけてくる。頷くのがやっとだった。携帯電話の液晶画面が汗で濡れている。掌は形状記憶されたように固まったままだった。

    「すぐ戻る」陽太が古賀との通話を終えてすぐ、上田の内ポケットに入れていた携帯電話が鳴る。着信音からすると社内からだった。鳴り出したか。陽太は自席に戻るべくエレベーターに乗った。

    中国に派遣している社員が他社の営業情報を持ち出した理由は想像に難くない。「未来はない」。昨夜、遅くまで一緒にいた同期の青柳一馬の言葉がよみがえる。老舗だからとあぐらをかき、事なかれ主義で変化を好まない。上の顔色ばかり窺い下の意見に耳を傾けようとしない。

    「所詮、小さなバケツの中で威張りくさっている田舎もん。古参社員は誰も現実を見ようとしない」酔った青柳は店内にいる他の客にかまわず声を張り上げた。古い企業体質のまま意識改革も行われない会社に対する、営業現場の叫びだったのだろう。

    青柳の上司である紀美野稔営業部長の広報部への高圧的な姿勢や会議での発言。「先輩は犠牲者だよ」酩酊に近かった青柳が呟いた一言に、今の加賀陶器の空気が透けて見える。会社を守ることも広報の役割の一つではあるが、社員を見捨てることが果たして会社を守ることになるのだろうか。陽太は思考を巡らせた。

    「それについては現在確認をしている段階でして……はい……はい……確認次第、改めてお答えいたしますので……」一旦電話から解放された那珂川真莉が大きく息を吐く。他社の営業情報の何を持ち出したのか。中国のどこに何人が駐在しているのか。いつから拘束されているのか。持ち出した社員は……。記者から問い詰められ、防戦一方だった。春に異動してきたばかりの那珂川の顔には少しの余裕もない。「大変だけど対応頼むぞ」上田がねぎらうのが見えた。

    自席に座った上田が固定電話の受話器を取り上げる。「広報の上田ですが。状況のレクチャーを頼む。……そんなことを言っている場合か!社員が苦しんでいるんだぞ …

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