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広報担当者の事件簿

謝罪会見時のマスコミ対応では「逃げない姿勢」が求められている

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    慢心が招いた老舗陶器メーカーの危機〈前編〉

    【あらすじ】
    老舗の陶器メーカー・加賀陶器で広報担当を務める河野陽太。体質が古く、マスコミとの癒着も強い自社に対してこのままでいいのかと疑問を抱いていた。そんなある日、製品の販路拡大のため中国に派遣していた社員が、他社の情報を不正に持ち出し警察に身柄を拘束されてしまう。

    予期せぬリーク

    ついこの間まで澄んだ青空が街に降りそそいでいたはずなのに、気がつけば顔をなでていく風が冷たくなってきている。見上げると木々の葉は茶色に染まり始めている。これからひとつ、またひとつ地面に舞い降りてくるのだろうか。あと一カ月もすれば街中が華やぎ、そこかしこでプレゼントの袋を持った人々が行き来するようになるだろう。まだ十一月だというのに、クリスマスの雰囲気が漂っている。

    河野陽太はこの季節が好きだった。日が落ち街中のネオンやビルの明かりが煌々と灯っているが、うら寂しく、人恋しくなる。年末に向けて一息つき、時間の流れを実感できる季節でもある。

    「お先です」。陽太はここ数日、定時に会社を出てからバス停三駅ほどの道のりを歩き秋の空気を感じていた。十二月になれば記者クラブに所属しているマスコミ各社との忘年会が待っている。「記者も付き合いとはいえ毎年大変だよな」とひとりつぶやく。年末年始の"書きだめ用"の取材をしながら、企業との情報交換もしないといけない。逆に企業は企業で記者との距離を縮めやすい時期でもあった。

    毎年、同じことが繰り返されてきたのだろうか。広報担当になって四年。一年の流れをつかみ、自分のペースで仕事を進められるようになってはきたが、変化が欲しいとも思い始めていた。

    一九四一年に始まり日本特有のシステムとなっている記者クラブ制度は、すでに七十五年以上続いている。海外メディアを記者クラブに加入させず記者会見にも出席できないなど、長らく閉鎖的な体制が批判されてきた時期もあった。以前に比べ開放されてきてはいるが、時代の変化に合っているのだろうかと、いつも疑問に思っている。

    インターネット通信の発達で企業の情報発信手段は十年前とは比較にならないほどの進化を遂げている。ソーシャルメディア(SNS)がその象徴だろう。陽太が勤務する加賀陶器も時代の波に乗り遅れまいと、五年前からSNSを積極的に活用した情報発信を進めている。それまでの加賀陶器といえば、ここ石川県で最も歴史のある陶器メーカーとしてコレクターや愛用者が多く、全国の百貨店や高級料亭との取引もあり、陶器の業界では名をはせている企業のひとつである。

    同時に、それにあぐらをかいている企業とも言えた。実際、役員は地元の名士としてこびへつらわれ、マスコミも同調した。田舎の金看板を背に勘違い社員まで現れる始末である。地元では誰一人"田舎の大企業"をたしなめたりする者はおらず、いつの間にか加賀陶器は裸の王様になっていった。

    伝統を守り踏襲することは企業を守ることと同義である。だが、企業を守らなければならない役員や社員がそこにあぐらをかいているようでは、次代の展望は見えてこなかった。時代は手頃な価格で品質が良いもの、オシャレな商品を求めていたが、加賀陶器は伝統だけを守ろうとしていた。伝統を守り継承することはもちろん大切だが、陽太には、今はいない創業者が築いた土台にしがみついているとしか思えてならなかった。「このままじゃ将来はないよな⋯⋯」と呟く。うちも、マスコミも。

    「よ、早いね」同期の青柳一馬が横に並ぶ。「歩くのがか?それとも帰りが?」貴重な時間を吸い取られた気分だったが、青柳に気にする素振りはない。「どっちもだ」笑いながら、飲みにでも行こうやと誘う声には屈託がない。「お前はいつも明るいね」「暗い人生より光り輝く人生のほうがいいに決まってるだろ」確かに。妙に納得する。

    「オー、ロミオ。会社に未来はあるのか。そんな哲学的なことでも考えてたんじゃないのか?」「冗談じゃないよ。会社に忠誠心持ってどうするんだよ」。こいつ、心の中を読みやがって。否定はしたものの青柳はいつも陽太の考えを言い当てる。「背中に出てるぞ」「何が」「会社の未来を案じる男の哀愁が」青柳が顔をのぞきこむ。「バカ言え。俺は秋を感じていたかっただけだ。お前に邪魔されるまではな」。

    一人になりたかった陽太にとって、青柳が声をかけてきたことは迷惑以外のなにものでもなかったが、こいつの明るさは天性のものなのだろう。周囲を照らすオーラのある人間がいるとすれば、青柳はまさにそれだ。

    「邪魔だったかあ。ここ数日、お前暗かったからな。会社のことを考え過ぎても仕方ないぞ。しょせん、俺たちは歯車でしかない。命令された仕事を地道にこなす。サラリーマンは辛いね」。どこまでも笑顔で話す。目指すバス停が見えてきた。

    「相手に感謝の気持ちがない企業に未来はないよ」突然、青柳が真顔になる。「お前らしくないな」「営業先に、看板で商売する時代は終わったよと言われた。返す言葉がなかった」。バス停の先に居酒屋の看板が何軒か見える。「ちょっと寄っていくか」陽太がバス停の先を指差す。「珍しいねえ。お前から言うとは」「たまにはな」。

    「誰がしゃべったんだよ!」「広報でないことだけは確かですけど」「なぜ、断定できる。マスコミに接触するのは広報しかおらんだろ!」営業部長の紀美野稔が語気を荒げる。今日の加賀新聞朝刊に掲載されている記事に嫌悪してのことだ。「取材など一切なかった。うちの人間がリークしたとでも言うのか」部長の上田誠也も負けていない ...

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