今では老若男女、誰もが知るところとなった「龍角散」ですが、一時は倒産寸前という経営難に瀕していました。取扱商品を「龍角散」ブランドに統一するという経営判断が功を奏して復活を遂げ、現在も躍進を続けています。V字回復を牽引した藤井隆太社長は「危機を経たことで、龍角散という企業が持つ価値がより明確になった」と力を込めます。
龍角散は、江戸時代中期、秋田藩の典医だった初代藤井玄淵によって創業され、3代目の藤井正亭治が時の藩主の持病であった喘息を治すために改良したのがルーツです。全薬微粉末がのどの粘膜に直接作用、ヒトの持つ自浄作用を活発にし、のどを正常な状態に保つという、血中に移行して効果を発揮する一般的な内服薬とは異なる作用特性を持つ「龍角散」ブランドを軸に、売上を右肩上がりに伸ばし続けています。
しかし、私が社長に就任した1995年当時、当社は経営難に陥っていました。1970年代から売上が漸減し、当時の売上の40億円と同額ほどの負債を抱えていて、5年以内、早ければ3年で倒産するというような危機的状況でした。このまま会社を続けていては、お客さま、仕入先、取引先などにご迷惑がかかる。一時は、会社を本気でたたもうと思っていたほどです。それが、この20年あまりで売上はV字回復。2015年度には100億円を突破し、2017年度は170億円に到達する見込みです。
業績不振の原因は複合的で、主力商品「龍角散(微粉末)」の売上不振や、新製品の相次ぐ失敗、ドラッグストアチェーン台頭をはじめとする流通の変化への対応が遅れたこと、医薬品製造過程の高度化対応に多額のコストがかかったことなどが挙げられます。
しかし最大の原因は、老舗ブランドとしての驕りと、危機感の欠如でした。「どの薬局・ドラッグストアにも置いてある有名ブランド」という慢心が社内に充満し、業績不振の現状にも「どうにかなる」と根拠なく楽観視している社員が少なくありませんでした。
龍角散を復活させるために、私がとった戦略は、事業領域を「人の健康維持・増進に寄与し、かつ、のどに関連する商品」に絞り、取扱商品を「龍角散ブランド」に統合することでした。
社内からは「胃腸薬や風邪薬など市場規模が大きいカテゴリーに事業領域を広げたほうが、業績アップにつながるのでは」という声も挙がりましたが、その方針はとりませんでした。総花的に"大企業の縮小版"をやってしまうのが、ビジネスとしては一番弱いのです。龍角散にしかできない、オンリーワンのポジションを確たるものにすべき。そのために必要なのは事業の選択と集中でした。
「龍角散」の特徴は、その作用特性にあります。一般的な内服薬は、肝臓で分解され、血中に成分が入り込み、体中を循環する。そのため、副作用として身体が多少のダメージを受ける可能性があります。
一方で「龍角散」は、「微粉末生薬がのど粘膜に直接作用、せん毛運動を直接活性化し、異物排出を促進する」という特異な作用で、のどの不調だけに効きます。その有効性は100年以上もの間、多くの方々に使用されていることで実証されていますし、現代の科学によっても証明されています。強い効果を発揮するものではありませんが、それを「安心・安全」という特長に変換してアピールしてきました。これをコアバリューに据え、ポジショニングが異なる商品をすべて廃止し、セルフメディケーションブランドの「龍角散」への統合を進めました。
当社が取り扱うのは、医療機関が処方する医療用医薬品ではなく、藩薬にルーツを持つ家庭薬です。健康で長生きできる身体をつくること。病気にならない身体づくりをし、発症したら重症化させないこと。これをお手伝いする、「未病」や「セルフメディケーション」と呼ばれる領域に専門特化したメーカーという立ち位置を貫いています。
愛用者の声によって「龍角散」の価値を再認識できた
すべての取扱商品を「龍角散ブランド」に統合する―私がこの戦略に踏み切った背景には、ユーザーを対象に行った調査がありました。私たちは、「龍角散」は古臭くて、現代の人々には受け入れられない、時代に取り残された商品だと思い込んでいました。だから、売れなくなったのだと。
しかし売上が落ちたとは言っても、まだ一定量は売れていたことを不思議に思ったのです。「龍角散」は、本当に"ダメ"な商品なのか、あらためて調べてみることにしました。調査の結果、我々が「龍角散」の欠点だと思っていたことを、評価してくださっている方が多いことがわかったのです。「古臭い」「遅れている」というイメージは、裏を返せば「歴史があって安心・安全」というイメージになる。「新薬開発とは無縁」という保守的な態度は、「生薬・漢方の専門性が高い」という独自性とも言える。
何より嬉しかったのは、「『龍角散』でなければダメ」と言ってくださる方がいたことです。もし店頭に「龍角散」がなかったらどうするのかと尋ねると、「どこへでも探しに行く」と言ってくださいました。家庭薬として培ってきた「龍角散」の、ブランドロイヤリティを最大限に活用するという戦略が固まったのは、まさにそのときでした …