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復活を遂げたブランド戦略

「崖っぷち」がクリエイティビティを生み、クリエイティビティが「崖っぷち」を救う。

佐藤達郎

ブランドが「復活」を遂げる方法には、ビジネスモデルの転換、マーケティング戦略の転換など、さまざまなものが考えられます。ここでは、多摩美術大学の佐藤達郎教授が、「クリエイティブ」の力で革新を遂げ、見事に新鮮さを取り戻したグローバルブランドの事例を概観します。

僕は、もともとコピーライター/クリエイティブディレクター出身で、大学教員に転身してからも、世界のクリエイティブのトレンドについてウォッチし、研究を続けている。特に、世界最高峰の国際広告賞であるカンヌライオンズは、毎年のように現地に出かけ、2017年で14回参加したことになる。今回も、ここ10年のカンヌライオンズの話題作を中心に考えていきたい。

2008年の超・話題作 キャドバリー社「Gorilla」の衝撃

2008年のフィルム部門グランプリには、誰もが度肝を抜かれた。商品は、キャドバリー社のデイリーミルクチョコレート。そのテレビCM&Web動画「Gorilla」は、なんとゴリラがドラムを叩いているだけの90秒の映像だ。流れる音楽は、ドラマー&シンガーとして著名なフィル・コリンズのヒット曲。文字として見られるメッセージは、同商品が長年使用しているスローガンである「A glass and a half full of joy(グラス1杯半分、たっぷりの喜び)」のみだ。

「わけがわからない!」。カンヌライオンズのグランプリ受賞でこのクリエイティブの存在を知った多くの日本人アドパーソンは、そう呟いた。僕は2004年にカンヌライオンズのフィルム部門審査員を務めたことがある。2008年の審査にはまったく関与していないのだが、一度でも審査をすれば「そちら側の人」ということなのか、多くの人が僕に疑問や不満をぶつけた。

「一体どこが面白いのか」「なぜミルクチョコレートのテレビCMがあの表現で良いのか」「それ以前に、意味不明だ!」。数々の"怒り"にも近い声が寄せられた。カンヌ現地の贈賞式会場で近くに座っていたある手練れのクリエイターでさえ、このテレビCMがグランプリに決まった瞬間に、「グランプリのクオリティじゃないよね」と、僕に話しかけて来た。

僕はと言えば、すぐに説明はできなかったけれど、"面白い""チャーミングだ"と感じていた。しかしこのクリエイターの質問に対し、「いや、なんだか魅力的だとは思いますよ」としか答えられなかった。

「Gorilla」に対してクリエイターや戦略プランナーなど多くのアドパーソンが"怒り"にも似た感情を表したのは、従来の広告クリエイティブ作法のあまりの無視ぶりに対する、「こんなの自分には企画できない。作法のヒントがない。これが素晴らしい広告クリエイティブだとしたら、自分は明日からどうやって企画をしていけばいいんだ」という悲痛な叫びでもあったように思う。

まだ広告会社に勤務していた時代だ。この体験が、僕の研究者人生が始まるひとつのきっかけになる。このクリエイティブには何か魅力がある、良いところがある、意味がある、と直感した僕は、僕に向けられた"怒り"にも似た感情や「クオリティが高くないんじゃないの?」という疑問に、どうにかして答えてみたいという衝動にかられた。

この衝動が発端となって、その後、この「Gorilla」について英語の文献を漁るように読んで調査し考察を深めた。そして、この考察を中心に、従来の広告作法からなるべく離れた形でつくられた広告クリエイティブを「非広告型広告」と名づけ、その意味や意義について学会発表や論文執筆に取り組んだ。それらの論考は、最初の書籍の中心的なテーマにもなった。

こんな突飛なクリエイティブ、どうやって広告主のOKを取ったのか

あらゆる広告は、広告主の意図なくして世の中に存在し得ない。仮に広告会社側が強く勧めたとしても、少なくとも広告主のOK(承諾)がなければ、絶対に日の目を見ない。

「Gorilla」に関しても、「どうやって企画したのだろう」という疑問に加えて、「どうやって広告主のOKを取ったのだろう」というのが、もうひとつの大きな大きな疑問だった。なぜ広告主は、この案を選んだのだろう。あるいは、OKを出したのだろう。

優れた広告クリエイティブは、「今までにない」という要素が重要なポイントになる。そういった意味でたいていの場合、冒険や不確実性を含んでおり、少なからぬリスクを含んでいる。多くの広告主は、こうしたリスクを嫌う。

想像してみて欲しい。もしあなたが当時の広告主担当だとして、「ゴリラがドラムを叩いているだけのテレビCMをつくりましょう!」と提案されて、OKが出せるだろうか。あるいは何案かの提案のうちのひとつがこの案だとして、この案を選ぶことができるだろうか。

もちろん担当広告会社であるファロンは、それなりの理屈を展開したようだが、それにしても僕自身は採用する自信がない。ゴリラがドラムを叩く?いい評判が得られる保証はどこにもない。逆に、食べ物にゴリラとは何事だ!とか、意味不明だ!などの批判なら、いくらでも想像できる。

しかしキャドバリー社は、この、世にも突飛なテレビCMを制作する決断をした。日本ではあまり知られていないことだが、その背景には、実は、キャドバリー社の大きな危機があった。

2006年、同社はサルモネラ菌の入った製品を販売し、40人もの消費者が体調不良を訴えるという事件が発生。商品回収に30億円を要し、当局から罰金も科せられた。

いわば、"崖っぷち"である。この"崖っぷち"が、このまったく新しい広告クリエイティブを生んだ。少なくとも、「Gorilla」誕生の重要なエレメントにはなったことが、想像に難くない。そしてまた、優れた広告クリエイティブがその威力を発揮すれば、ブランドの"崖っぷち"を救うこともできる。実際、「Gorilla」が世に出た年に、キャドバリーのデイリーミルクチョコレートの売上は前年比9%アップを記録したという …

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