新聞や雑誌などのメディアに頻出する企業や商品リリースについて、PRコンサルタントの井上岳久が配信元企業に直接取材。背景にある広報戦略やリリースづくりの実践ノウハウを、じっくり分析・解説します。
オーソドックスなリリースこそ
メディアを惹きつけるための
テクニックが生きてくる!
バッグメーカーのエースは、6年前にも当連載で紹介した広報巧者の企業です。今回は久しぶりに正統派のリリースを取り上げます。
紹介するリリースは2点。1つは、2023年4月に発売した軽くてキャスター音が静かなスーツケース「トリアクシス」です。空港での自動手荷物預け機の導入により、荷物の重量確認が厳密になったことで、スーツケースに軽さを重視する傾向が強まっているといいます。これはLCCの普及も影響しているようです。
加えてコロナ明けで航空旅客数が大幅に伸び、早朝や深夜の移動増加も見込まれることから、静音も意識した設計となりました。本来はもう少し早く発売したかったそうですが、何とかGWの4月29日の発売に漕ぎ着け、メディアが休みに入る前の4月26日にリリースを配信しました。
もう1つが、2023年6月28日に配信したビジネスリュック「ガジェタブル」のシリーズ累計販売数30万個突破を伝える達成リリースです。
近年、みなさんの中にもビジネスシーンでリュックサックを利用する人が増えていると思います。同社によれば2011年の東日本大震災以後、スーパークールビズやスニーカー通勤など、ビジネスファッションのカジュアル化が進み、コロナ禍でのテレワーク普及によりノートPCを持ち歩く機会が増えたことで需要が高まったといいます。「ガジェタブル」が発売された2018年当時は、ちょうどメディアでリュックのマナーが話題になっていた時期だと同社マーケティング部広報担当の森川泉さんは話します。その問題を改善すべく生まれたのが「ガジェタブル」なのです。
リュックを背負ったまま電車に乗ると周りに迷惑をかけるので、「前抱き」にする人も多いでしょう。商品開発にあたり担当部署が交通各社のHPなどでマナー啓発内容を調査したところ、一部「前抱き」を推奨していない会社もあったといいます。
その理由は、妊婦や障害のある方はできないから。代わりに推奨されているのが「網棚」や「手提げ」ですが、「手に提げるとショルダーに足を引っかける人がいる」という指摘もあるなど、見解は各社様々。そこで多様な使い方に対応できるように設計しました。
そもそもの発端は、営業担当者が小売店バイヤーとの雑談で「邪魔になりにくいリュックが欲しい」と言われたこと。リュックで通勤する社員とも意見交換を行ったといいます。
利用者のニーズをしっかりつかんだ商品だからこそ、「年間3万個売れればヒット」というビジネスバッグにおいて、発売から5年で累計30万個を超えるヒット商品となったのでしょう。
森川さんは発売5周年の6月に何らかの形でリリースを出したいと考えており、5月にコロナが5類感染症になって再び通勤者が増える時期であることも考えて、再度マナーの部分を柱にすることを決めました。
メディアのツボを押さえた表現
それでは2つのリリースを見ていきましょう。
(ポイント1)リリースを見ると、まずタイトルに「水より比重の軽い樹脂」「荷物の持ち方マナー問題」など、キャッチーで読んでみたくなる言葉が入っています。特に巧いと感じたのが「水より比重の軽い樹脂」。今回使っているポリプロピレンという樹脂の他にも、水より比重が軽い素材はいくつかあるそうですが、見る人に分かりやすい表現として用いたとのこと。思わず感心してしまいますが、冷静に考えてみると「やられたなあ」と、私も感じた一人です。メディアのツボを知り尽くしています。
(ポイント2)どちらのリリースも、リードの後に商品開発の背景を配置しています。商品を紹介してから開発背景を書く方法もありますが、いずれにしても開発背景があることで配信の狙いが明確になります。森川さんはいつも企画担当にセールスポイントをリサーチしますが、「特にない」と言われてしまうこともあるそう。それでも読み手に響きそうな...
