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広報担当者の事件簿

完璧な社長会見に求められる条件とは?

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    突きつけられる退場通告 「組織的隠ぺい」という毒〈後編〉

    【あらすじ】
    陽光自動車の設計ミスが引き起こした死亡事故。二十年前、組織ぐるみの隠ぺい事件を起こした企業の体質は変わっていなかった。広報部の若田朱美は、同じ過ちを繰り返さぬよう、部長の星野勝彦に進言するが、事態が改善されることはなかった。そして12月24日、暁新聞の一面で陽光自動車の隠ぺい事件が報じられる。

    何のために存在するのか

    全員の動きが止まった。テレビから聴こえてくる声は柔らかいが、陽光自動車を非難する解説が続く。高速道路の走行中に起きた死亡事故の原因は当初、運転手のハンドル操作が引き起こした過失として処理された。ただ、運転手は当初から「突然、ハンドルもブレーキもきかなくなった」と一貫した証言を繰り返していた。

    事故からしばらく経ったころ、社員による内部告発で陽光自動車の設計ミスが原因だと明らかになり、朝からメディアが一斉に報じていた。内部告発したと思われる社員の声音を替え、首から下だけを映した映像がテレビから流れる。明らかな隠ぺいだと断言している。夜になって空気がようやく落ち着きはじめた矢先のニュースである。広報部の苦労をすべて否定されているようだった。

    「最高のクリスマスプレゼントね……」若田朱美が画面をみながら呟く。「二十年前もこんな感じだったのかな」腕組みをしながら横で見ていた品川悠斗が朱美の言葉を拾う。「こんなもんじゃなかったんじゃない?」

    あの事件が起きるまで、陽光自動車は業界を代表する企業だった。二十年前、"組織ぐるみの隠ぺい"が世の中につまびらかになり陽光ブランドは地に落ちた。そして二十年後、悪夢が繰り返されている。あのときの教訓はなんだったのか。この会社が築いてきた負の遺産はまだまだあったことになる。

    これまで外部の勉強会に出向きしっかりと勉強してきたつもりだったが、本番はまるで違った……。マニュアルは大切だ、意識改革をしなければ危機はなくならない。講習会では先生と呼ばれる講師が「危機管理とは」をもっともらしく話してくれた。今、朱美が知りたいのは理論や理屈ではない。実践に役立つノウハウだった。

    三年周期で転勤を繰り返し、その部署に長くいる社員はあまりいない。当然、プロと呼ばれる社員もいなくなってしまう。他社のことは分からないが、今の陽光自動車には皆無といってよかった。知らない森に迷いこみ、霧の中をひたすら手探りで進んでいる気分だった。

    「ご用件は?」受話口から落ち着いた声が聞こえてくる。「暁新聞の酒川さんのご紹介でご連絡させていただきました」「……ああ」男は酒川から事前に訊いているような言い方だった。「ご事情は簡単には訊いています」相手の声が続く。

    「すでに報道されておりますが、当社で発生している事案のサポートをお願いできないかと思いまして、ご連絡を差し上げました」

    「隠ぺいの件ですか」男の直接的な物言いに言葉が出てこない。「隠ぺいしているつもりはないのですが……」事実は"隠ぺい"なのに、部外者から言われると、咄嗟に真逆の言葉が口をついて出てしまう。つくづく組織に従属している人間だということを思い知らされる。

    「つもりはなくても、隠ぺいしていることに変わりはないでしょ。組織に埋もれると社内論理に流されてしまう。自分だけは違うと思っていても、我々のような外の人間からしたら、あなたは所詮、サラリーマン。社内で意見すれば潰され、行動を起こそうとすれば飛ばされる。御社では広報なんて吹けば飛ぶような部署でしょ。そんな方が何を相談したいんですか」携帯を床に投げ捨て足で踏みつけたくなった。はじめてなのに、遠慮もなく言ってくる、失礼な男だ。

    「社長会見を行うべきか否か。ご意見をおうかがいしたいと思いお電話させていただきました」男は間髪入れずに「やればいい」と言ってきた。何の迷いもなく。

    「やるべきですか……」「やればいいじゃないですか。迷う必要などない」「理由は?」「……社長会見をしなければおさまらない。あなたはそう思ったから、わざわざ電話してきたのではないですか。理由は明らかですよね。死亡事故が発生。事故原因は設計ミスによる欠陥車両。すでに御社では設計ミスを把握している。尊い人の命が失われている、陽光自動車の車両が原因でね」「でも車両と事故の因果関係はまだ特定されていません」朱美が広報らしい口調になる …

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