
愛くるしいテディベアと銃とのギャップが見事(キャンペーンサイトより)。
普段このコラムでは、マーケティングやブランディングPRなどの海外事例紹介が多い。今回はちょっと趣向を変えて、骨太なパブリックアフェアーズ(政府・政策関連の公共広報)の事例を紹介しよう。世界でもっともパブリックアフェアーズが進んでいるPR先進国、米国からだ。規制緩和や法改正を目的とした場合、PRもおカタい活動をイメージしがちだが、時としてはクリエイティブなアプローチが奏功することもある。
米国では、毎年3万人以上が銃の事故で亡くなっている。一般人が銃を入手できる社会では、銃はある意味、「もっとも危険なコンシューマープロダクト」でもある。この問題に長年取り組んできた団体が、イリノイ州の「ICHV(Illinois Council Against Handgun Violence)」だ。
1975年に設立された同団体は、米国でもっとも古く最大の銃規制ロビイング組織。ICHVが2016年に展開し大きな注目を浴びたのが、「テディガン(Teddy Gun)」キャンペーンだ。今年のカンヌライオンズでPR部門ゴールドに選ばれたので、目にした方もいるかもしれない。
世界中で愛されているテディベア。銃とはまったく正反対の平和の象徴だが、実は法で定められた製造過程における安全基準がめっぽう多い。そしてなんと、それは銃の製造に課せられた安全基準よりも多いという事実があった。これに目をつけたICHVは、この不合理性に世の目を向けるべく、テディベアと銃が合体したかのような、「テディガン」を実際に製造。キャンペーンのシンボルとした。
見慣れた愛くるしいテディベアの輪郭だと思いきや、その全身は妖しく輝くガンメタリックで覆われ、本来ベアの鼻と口があるはずの部分からは、紛うことなき「銃口」が突き出している。一度見たら忘れられないビジュアルだ。「テディガン」は、イリノイ州最大の都市シカゴの中心部を皮切りに各地で展示され、製造過程を含んだメッセージ動画も公開された。
このショッキングなビジュアルはまたたく間にメディアやSNSで話題となり、ICHVの狙いどおり「見ろ、このテディベアの安全基準の多さ。それに比べて銃は……」といった声が広がっていった。さらにICHVは、銃の安全基準規制強化に賛同させる仕組みをウェブ上に用意。多くの署名が集まり、州議会では規制法案が通過した。
「不合理性」に目を向けさせるのは、パブリックアフェアーズではいわば常套手段。しかしこの「テディガン」キャンペーンが秀逸なのは、「何と比べて」不合理性を顕在化したかという点につきる。テディベアという誰でも知っている愛のシンボルと比較するというアイデアと戦略が、この成功の決め手となった。ではまた来月!
本田哲也(ほんだ・てつや)ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長/戦略PRプランナー。「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWeek誌によって選出された日本を代表するPR専門家。著作、国内外での講演実績多数。カンヌライオンズ2017PR部門審査員。最新刊に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。 |