PRの醍醐味のひとつが、「小さな仕掛け」で「大きな動き」を生み出すこと。広報・PRに従事している読者の皆さんなら、少なからずその魅力が日々の仕事の原動力になっているはずだ。今回のコラムでは、クリエイティブな発想でそれを体現した最新の海外事例を紹介しよう。舞台は、知る人ぞ知るデンマークの自治領、「フェロー諸島」だ。
フェロー諸島は、大小18の島から構成される、人口およそ5万人弱の北大西洋の離島群。雄大な自然と美しい街並みが住民の自慢だ。しかし残念なことに、世界的にはほとんど知られていない。どのくらい知られていないかといえば、風景写真をネット上で見られるグーグルの「ストリートビュー」に対応していないほどだった。地元の観光局としては、どうやってこの美しい島を世界の人に知ってもらうか、頭を悩ませていたのだ。
悩み抜いた観光局は、「グーグルがやってくれないなら、自前でストリートビューをつくってしまおう」と覚悟を決める。問題はどうやって撮影をするかだ。思いついたはいいが、撮影をする機材や車両のノウハウもない。考えた末、観光局は実にぶっ飛んだアイデアを思いつく。撮影車のかわりに、島におよそ9万頭もいるとされる「羊」に目をつけたのだ。なんと地元の羊にカメラを背負わせ、美しい島のストリートビューを撮影しようというわけだ。プロジェクトは、「Sheep View 360º」と名付けられた。
さっそく、撮影に協力する羊が選ばれた。テクノロジーに詳しい島民の協力も得て、世界で初めて、羊の背中に専用カメラを装着するという試みが実現した。自由に島中を駆け巡る羊が撮影した動画は、独自のサイト「the Faroe Islands」に順次アップされていった。「Sheep View」は徐々に注目され始め、ほどなく世界中で話題になる。テレビ局も取材に訪れるようになり、SNSでも世界に拡散。ハッシュタグ#wewantgoogle streetviewのもと、観光サイトでは撮影済エリアを記した自作マップもつくられていった。
そしてついに、本家グーグルが反応した。このPRを知ったグーグルは、ついにフェロー諸島のストリートビューを撮影することを決定。責任者が機材とともに島を訪れた。グーグルは自ら撮影するだけではなく、住民や旅行者にもストリートビューを撮影するための機材を貸し出し、撮影トレーニングも実施されることになった。
こうして、離島の羊が世界のグーグルを動かすに至った。知る人ぞ知る存在だったフェロー諸島は世界から注目され、観光客も増加。2017年のカンヌライオンズPR部門でゴールドにも選ばれた。なんとも素敵な話で、日本の観光PRにも示唆がありそうですね。ではまた来月!
本田哲也(ほんだ・てつや)ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長/戦略PRプランナー。「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出された日本を代表するPR専門家。著作、国内外での講演実績多数。カンヌライオンズ2017PR部門審査員。最新刊に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。 |