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広報担当者の事件簿

広報担当者が心得ておきたい「記者との信頼関係」とは?

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    企業買収 密室のプロジェクト<後編>

    【あらすじ】
    ジャパンフードによる海外企業の大型買収交渉は、いよいよ大詰めを迎える。有力な情報をつかんだテレビ局NHTの記者である川瀬直輝は広報部の橘恭輔のもとを連日訪ね、お互い腹の探り合いが続いていた。ついに契約締結を翌日に控える中、報道されるのも時間の問題だと覚悟を決めた橘は川瀬との最後の密会へ向かう。

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    「もつか?」財務部の春日紀彦が訊ねる。食品業界で国内売上第二位のジャパンフードは、社運をかけた企業買収の交渉が大詰めを迎えていた。契約締結がいよいよ翌日に迫っている。春日をはじめ営業部や国際部、法務部からエキスパートが集められ、この半年間、"隠れ部屋"と呼ばれる会議室で買収に向けた作業を進めていた。入口には「関係者以外立ち入り厳禁」の貼り紙が掲示されている。隠れ部屋には今、春日と広報部の橘恭輔の二人がいた。「もたせないとな……」眉間に皺をよせながら恭輔がいう。

    交渉が始まってしばらくの間は、メディアからの探りはなかった。ただここ一週間、全国ネットのテレビ局・NHT記者の川瀬直輝だけは毎日恭輔に電話をかけてきている。川瀬はジャパンフードによる海外企業の買収を追いかけていた。ここ数日は夜十一時を過ぎたころから二人の禅問答が繰り返され、化かし合いが続いている。

    広報部長の本山進には昨夜、川瀬との会話の内容を伝えていた。「北島さんか……明日の朝直接聞くしかないな」。穏やかな声色だったが、副社長の北島守彦を"あのタヌキじじい"と一段低い声で言った。

    「昨日、また遅くにきたんだろ、NHT」「ああ。いい歳の男二人で暗闇デートだった……。北島さん、記者に情が移ってしまったかなあ」「NHTが何か言っていたのか」「明日の件、北島さんから聞いたそうだ。金額以外は交渉相手も含めてビンゴだったよ。シラは切っておいたけどな」椅子に座り腕組みをしながらむずかしい顔をする。なに!と声をあげた春日が恭輔の隣にあわてて腰をおろす。「まだ交渉中だろ!勘弁してくれよ……」「どこまでしゃべったのか本山さんと確認してくる」。

    北島が川瀬に話してしまったのか、それとも川瀬の当てずっぽうなのか。それを含めて確認する必要がある。エレベーターホールで本山と待ち合わせ、上りを待っているときに念のため訊いてみたが「前者だろうな」と即答してきた。そのとき、携帯電話が振動した。

    「はい。昨夜もどうも。……はい、はい。……さあ、どうでしょうね……切りますよ」と言いながら終話ボタンを押す。通話をしている間、恭輔をじっと見ていた本山が訊いてくる。「川瀬か?」「そうです」「金額か?」「ですね。俺の顔に書いてました?」「このタイミングで訊いてくるとしたら、そこだろうからな」言いながら本山が口角を上げる。「まずはタヌキに聞いてみないことには対策は打てん。もう待ったなしだ、行こう」。

    誰もいない深夜のロビーは暗闇に支配されている。噴水がある中庭の池に映る月明かりだけが心の中を隠してくれた。ロビーの椅子が横並びなので川瀬と目を合わせる必要もないことが恭輔にとってはありがたかった。「ここは妙に落ち着きますね」。表情は読みとれないが、目だけを右にずらしながら川瀬の様子をうかがうと左膝がわずかに揺れている。どこから攻めようか考えを巡らせているのだろう。

    川瀬が担当記者になって一年。会社近くの居酒屋に入りコップを合わせたことも何度かあるが、こうして深夜の暗闇で会うことになるとは想像しなかった。「夜中にここでぼーっとしたい奴はいないでしょうね」。川瀬が自嘲気味に言ってくる。今夜の川瀬はいつもより口数が多い。逆に恭輔の口数は少ない。「ここに来ている時間があったら、もっとほかにやることがあるんじゃないかなあ?」わざとラフな言葉を使う。

    「例えば?」「取材で」「ここは落ち着くんですよ。少しいさせてくだい」「毎日こんな時間に来られても困るなあ。帰る時間が遅くなる」「私が来ても来なくてもこのビルを出る時間に変わりはないと思いますが」川瀬が笑いながら言う。「北島さんに話をうかがえましたよ」と本題を切りだしてきた。副社長の自宅に行って夜回りをかけてきたという意味だ。

    記者が夜回りに来たとき、だいたいはインターホン越しに居留守を決め込むのが常なのだが、北島は対応したようだ。反射的に川瀬に顔を向けたくなるのを堪(こら)え、雑談ぐらいはできました?軽い口調で応じるが、頬の筋肉が引きつっているのがわかる。「明後日、取締役会だそうですね」川瀬の攻めに一瞬固まる。「定例のやつですよ」互いに顔を見合わせることはしないが、隣に座る男の熱を感じはじめている。「定例プラスワン……キャメロンフーズ……」。

    記者相手の仕事をし始めてから四年になるが、まがりなりにも上手く対応してきたという自負が恭輔にはあった。激情型、黙考型、理詰め型。色々なタイプの記者を見てきたが、川瀬はそのどれにも当てはまらないタイプだった。余計な詮索はせず、多くは語らず飄々としている。それでいて切り込んでくる油断ならない男だ。「もう大詰めですよね。暗闇だと独り言をしゃべりたくなりますね」と言いながら、川瀬は自分なりの答えを話しはじめる。

    豪州・キャメロンフーズの発行済み株式の六十六%、今年八月、二一五〇億円、明後日昼に両社が調印、夕方に両社社長が記者会見……。川瀬の独り言は取得する株式割合と金額以外は間違っていなかった ...。

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