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楓セビルのアメリカンクリエイティビティ NOW!

黒人の若手クリエイターを育成するワン・スクール&ワン・プロダクション

楓セビル

2020年に発生した白人警官による黒人男性の暴行死事件。これを受け、アメリカの広告界の人種差別問題も浮き彫りとなった。そのような状況を背景に、日本でも広告賞「One Show」で知られるThe One Clubでは今、ダイバーシティの問題と向き合いながら黒人の若手クリエイターを育成する活動として「ワン・スクール」「ワン・プロダクション」を展開中だ。楓セビルさんがニューヨークからレポートする。

クリエイティブ業界のベテランが立ち上がった

広告業界が長い人は、ボブ・イッシャーウッド(Bob Isherwood)という名前を覚えているだろう。1996年から2008年まで、当時最も派手に活躍していたサーチ&サーチ(Saatchi&Saatchi)のワールドワイド・クリエイティブ・ディレクターとして活躍し、カンヌをはじめ、いくつかの広告賞を受賞しているクリエイティブ業界のベテランである。

引退後、ニューヨーク・ブルックリン区に住み、昔と変わらずさまざまな分野で活躍しているが、その彼が今「後にも先にも、こんなに素晴らしい、生きがいを感じる仕事をしたことがない」という活動に従事している。広告賞で有名なワンクラブ・フォー・クリエイティビティ(The One Club for Creativity)が始めた、“ワン・スクール(One School)”と“ワン・プロダクション(One Production)”と呼ばれるダイバーシティプログラムである。

ボブ・イッシャーウッド氏。サーチ&サーチのワールドワイド・クリエイティブ・ディレクターとして活躍し引退後、「ワン・スクール」「ワン・プロダクション」の開設に尽力。この仕事に情熱を燃やしている。

明らかにされていない米国広告業界の人種問題

米国広告業界に内在する人種偏見は、これまでにもいろいろなメディアで取り上げられたり、ディスカッションされたりしてきた。「米国の広告業界、特にクリエイティブ部門は圧倒的に白人男性が多い。最近は女性も多くなっているが、その意味では黒人だけでなく女性もメインストリートの外の存在だ。ダイバーシティが叫ばれていながら、実際にはこの数十年間、米国広告界はダイバーシティに関してほとんど何の努力もしておらず、変化も進歩もない」とイッシャーウッド氏は言う。

2020年5月25日、ミネアポリスで白人警官が黒人男性を殺害した事件が起きた時、米国内に内在する黒人に対する人種差別の問題が大きく浮かび上がった。広告界も例外ではない。この出来事に刺激され、米国の広告会社のさまざまな部門で働く黒人アドパーソン600人が、広告会社の経営者に公開書簡を送り、業界にはびこる人種偏見の改善を求めた。黒人アドパーソンたちが白人社会の広告業界で、その存在を無視されていることへの反発である。

白人の同僚より安い給料、冷遇されがちなキャリア、インターンシップなどにも参加させてもらえない現実、そしてマネージメントクラスにはほとんど黒人が皆無──これが現実だ。

「黒人を含むマイノリティ社員が広告業界に何人いるかさえ、広告業界は調べていない。彼らを無視しているからだ。クリエイティブ部門で働く黒人たちは、全米の広告会社で働く黒人のクリエイターの存在、名前や仕事の内容などを暗記できるほど、少人数なのだ」とイッシャーウッド氏。「中には成功している黒人クリエイターもいるが、何百人の中のほんの数人。白人たちのオールドボーイ的文化が、自分たちとは違う人種の人間を拒否しているからだ」と付け加える。

米国広告業界の人種問題に大きな憂慮と関心を持つイッシャーウッド氏は、ちょうどその頃、LinkedInに掲載されたこんなメッセージを目にした。

黒人クリエイターのための無料のポートフォリオ教室

「(オーストラリアで)広告の世界に入るのに12週間かかった。ポートフォリオができるまでに週2回の夜のクラスに通った。(中略)クラスは無料ではなかったが、パートタイムの仕事から入る金でまかなえた。(出来上がったポートフォリオを持って)この国では、2年の広告学校の勉強に4万ドルかかることを知った。信じられなかった。こんな学費を一体、誰が払えるというのか。アメリカの中で一番金のかかるNYという都市で(仕事が見つかるまで)あちこちのインターンとして働くなどということが誰にできるだろう?米国における広告業界への道は、経済的に恵まれた人間だけに許されている道だ。こういった高価な狭き門を取り除くまでは、米国広告界のクリエイティブ部門は、このまま変わることがないだろう。だから君たち、ポートフォリオをつくりたいと願っている若い黒人のアートディレクターやコピーライターたちよ、僕に連絡してくれ。助けてあげよう。ここでは2年間で4万ドルなどという莫大な費用は絶対にかからない。それだけは約束してあげよう」。

これを書いたのは、Droga5やR/GAなどのクリエイティブディレクターの経歴を経て、現在はSpotifyのクリエイティブディレクターとなっている、オリエル・パスカル・デイビス・ライオンズ(Oriel Pascal Davis-Lyons)なる黒人青年であった。

イッシャーウッド氏は、この内容に感動し、直ちに彼に連絡した。そして、イッシャーウッド氏が新事業設立顧問として働いているワンクラブ・フォー・クリエイティビティのCEO ケビン・スワナポール(Kevin Swanepoel)に、広告業界に入りたいと願っている若い黒人たちのための無料のポートフォリオ教室をワンクラブ主催で始めてはどうかと相談した。広告賞を主催する会社として常に社会還元に努力しているスワナポール氏は、この提案に一も二もなく賛成。こうして2020年の9月、「ワン・スクール」なるダイバーシティのための無料ポートフォリオ学校が誕生した。

Spotifyのクリエイティブディレクター、オリエル・パスカル・デイビス・ライオンズ。自身が黒人であるため、キャリア形成に苦労した経験から、黒人のクリエイティブ志願者に道を拓こうと「ワン・スクール」の校長に。

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