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SPECIAL TALK

お互いにいい年になったけれど、まだまだ広告の仕事は続けます

佐々木 宏(シンガタ→連)、岡 康道(TUGBOAT)

かつて同じ部署で、一緒に仕事をしていた佐々木宏さんと岡康道さん。今回、佐々木さんがシンガタを卒業したのを機に岡さんと、これまでと、これからの広告について、話をしていただきました。

シンガタを改装した連のオフィス。宇宙船もワーキングスペース。

シンガタを卒業し、「連」をスタート

佐々木:17年間続けたシンガタを店仕舞いして、この5月から新しく「連」という"文化系運動体"を1人で始めました。オフィスは南青山のままで、ちょこっとNASAっぽく?改装。きっかけはいろいろありますが、リオオリンピック閉会式の「安倍マリオ」に携わったこと。広告とは少し勝手の違う仕事でしたが、椎名林檎さんはじめ、すごい才能とたくさん出会って忘れていた何かを思い出した。

今日は電通時代から長年一緒に広告をやってきて、シンガタ設立のきっかけもつくってもらった岡に「これからも頑張るからお前も」と伝えたいと思ってね。岡は小石川高校の2年後輩だし。卒業式に呼びだした感じかな(笑)。電通時代を思い返してみると本当に自分はツイていたなと思いまして、岡康道をはじめ、その後、大活躍するクリエイターが周りにたくさんいて、軽く仕事を頼める間柄でした。

岡:本当にいろいろな人が集まっていましたね。しかも1カ所に。今では考えられない。

佐々木:奇跡だよね。大島征夫さんがいて、同期の白土謙二が隣、その1年後に岡が来たんだ、そう、同期の佐藤雅彦も、さらに多田琢も転局で来て。しまいには麻生まで。

岡:20畳ぐらいのスペースに、本田亮さん、安西俊夫さんも。

佐々木:そんな中で、岡は電通から離れてTUGBOATをつくり、俺がその何年か後にシンガタをつくって、17年間続けることができた。今、岡はいくつになったの?

岡:夏に63歳になります。

佐々木:お互いにいい年になったね。最初に会ったのは31歳と29歳ぐらいか。俺はあと数か月で65歳になるからシンガタという形は変えないとな…という気持ちが自分の中にありました。メンバーには迷惑をかけましたが。シンガタをつくる前はいつも年下の岡に発破をかけられていて、クリエイティブがちゃんとフィーをとる、アイデアを考えたことに対して正当な対価をもらうなど、当時は当たり前ではなかったことをTUGBOATが切り拓いてくれて、シンガタはそれに追従した。

岡:最初に言っておきたいんですけど、TUGBOATは階級闘争で、シンガタは市民革命で、似ているようだけど違うんです。階級闘争は終わらないんですよ、体制が変わらない限り。一方、電通を市民とすれば、市民革命はなされたと思います。電通の中でいろいろな人が自分で会社を持ったり、フリーランスと同じような待遇を勝ち得たのだから。それは電通に革命が起きたからで、それをなし得たのは佐々木さんです。その流れは今でも残っています。僕らは階級闘争だから、自ら立ち上がって地位の向上を訴えてきたわけで、いまだに終わらない。

佐々木:カッコいいこと言ってる(笑)。今度の「連」には、タイタニックという会議室と、その隣の個室をタグボート0と名付けたし(笑)、シンガタで仕事を続けたい気持ちもあったが、自分としては折り返し地点かなと。小田桐昭さんや大阪の堀井博次さん、ライトの細谷巖さんや秋山晶さんなど、自分たちが仕事をする時に「やっぱりいなくならないで、いてほしい」という人いるよね。俺はそういう人にはなれないけど。

岡:変な人がいないと社会は健康にならないんですよ(笑)。変な人とは人と違うことを言うだけじゃなく、1人だけ正論を言ったり、場の空気を乱しても主張を続けたりする人。みんなが不快になっても構わないと思えるのは誰でもできることではないんです。佐々木さんも明らかに変な人だから、いてくれないと広告界は健康にならない。

年間キャンペーンが残したもの

佐々木:そうそう、懐かしいものが見つかったんです。これは30年ぐらい前に岡とつくった「リザーブ友の会」のツール。キャンペーンとしてCMだけではなく店頭周りまで全部つくった、数十億のキャンペーン。

岡:店頭、値段の表、箱など、すごい数のツールをつくりましたよね。今は当たり前にそういうものをつくるけれど、そのモデルになったキャンペーンですね。

佐々木:サントリーのデビューは30年以上前に、このリザーブのパッケージデザインをADの原耕一さんとまだ若造だった川口清勝君と3人でプレゼンに行ったとき。それから1、2年後、「リザーブ友の会」を提案したね。CMも、新聞広告も店頭ツールも山ほどつくった。今の「PRONT」の原型みたいな店の提案までもした。今はデジタルがあるから、こんなにたくさんのものをつくるキャンペーンはなくなっています。

岡:デジタル動画はチラシみたいなもので、クオリティは低い。デジタルだけで大成功したキャンペーンは見たことがないですね。確実に届くから効率がいいのはわかるけれど、それと心の動きは別だ、と思います。アイデア、技法、手法はまだ開発途上で、次の世代の課題になるんでしょうね。とはいえ、IT企業のテレビCMは多いし、新聞広告だってまだ効く。僕は昨年、桜美林大学の仕事で新聞4紙に広告を出稿したら、応募者が増えたんです。新聞やテレビがダメ、今はデジタルだというのはブームとして語られているだけだと思いますよ。

佐々木:俺は「デジタルの危機」という言い方をしたい。偉そうでゴメンだけれど、言い換えると「二つ折りパソコンで観るカンヌっぽい長尺動画の危機」。今年のTCC賞でTUGBOAT 麻生哲朗くんの三井住友カードとグランプリを争ったカー用品とカーメンテナンスの店「jms」の連続10秒ドラマ「愛の停止線」は、面白い上に商品に全部落ちていて見事。

このCMは、Web動画とか悠長なことを言うよりも、YouTubeCM、あるいはCMtube。スマホで観るのがぴったりなCM。電通関西堀井組の名作たちを思い出させる。俺はこの歳の割には、iPhone命だから、今の若い子たちがYouTubeしか見ないのはよくわかります。だって、YouTubeは今の言葉だし、際限なく面白く、発展途上なのが、とにかくいい。この中で商品を買ってもらうための勝負もできる。

実はデジタルとかWebというよりも、「スマホ」。このAI的小さなメディアの中での戦いが広告の主戦場になりつつある。そこでめちゃくちゃ面白ければ、効果があれば、それでいいんですよ。TCCグランプリの争いは、その意味で象徴的でよかった。

岡:スマホでの勝負になるんでしょうけれど、僕には解決策は見えなくて。ロングの絵が使えなくてアップだけになるからドラマがやりづらくなる。

佐々木:大丈夫だよ。(スマホを顔に近づけて)近くで見れば大画面。遠くの大画面より近くのiPhoneの小画面のほうがいい。

岡:近くで見れば大画面。面白い(笑)。佐々木さんが言う通りだとすれば、そこは気にしなくてもいいのかもしれませんね。

佐々木さんと岡さんが担当したトヨタ自動車「コロナ」と「リザーブ友の会」が掲載された電通の発見会の冊子。

「対抗軸」がある業界のCMは盛り上がる

佐々木:1995年に岡と立ち上げたサントリーのモルツ球団。最初に「ビールは男っぽくなきゃ」と、急に野球をテーマにやることになり、岡が「大沢親分でドラフト会議をやりたい」と言って、1番は誰、9番は江川かなと話しながらVコンをつくってみたらすごいのができたんだよね。よし、これでいける!と思って、実際に野球選手でCMをつくってみたら…

岡:まるで学芸会のようでした(笑)。どうしてこんなことになったんだろうと、編集の時、めちゃくちゃ焦りました。

佐々木:でも、今もモルツ球団はプレモル球団として「サントリードリームマッチ」という形で続いていて、毎年東京ドームで行われるイベントは満員。広告は刹那的と言うけれど、キャンペーンが終わっても、意外と残したものってある気がするね。岡とはトヨタのあれこれ、サントリーなど予算の大きい仕事ができたので、CMもグラフィックもたくさんつくった。今の人たちからすれば、羨ましいかもしれないね。1本CMをつくるだけの予算しかなかったら、モルツ球団のようなキャスティングでCMはつくれなかったから。

岡:当時はキャンペーンといえば、1年間続けることが定番でした。CMは年間数本以上、グラフィックは山盛りあったけれど、今はそれがないですからね。

佐々木:それが今はWebとデジタルになったわけだけれど、そこでの課題は、マスメディア領域とデジタル領域のクリエイティブが分離してしまうこと。例えばソフトバンクのテレビCMは今は俺は白戸家だけをやっていますが、デジタルでは「私立スマホ中学」という面白い企画を別チームが展開。

それを最近はクライアントがCD的に担うようケース増えたね。昔の俺は何もかもやらせてくれないとやりません、競合も一切やりません。と強気でしたが、最近めっきり衰えちゃって…(笑)。澤本からも、それは昭和です、とかバカにされるし(笑)。かつてのモルツ球団のような強い"塊"をつくることができれば、メディアを問わず、1つのキャンペーンとして展開することができると思うんですけどね。

岡:今はしっかりとしたフレームをつくって年間で回していくということが提案しづらい状況にあります。フレームをつくるにはコアなアイデアやコピーが必要で、それを固めておけばいろいろ拡散できるはずなんだけれど、そういうプレゼンが今は通りにくくなりました。競合で勝つのは、幼稚なキャラクターものが多い。デジタルで使い勝手がいいから。

佐々木:昔は「1年やってください」が当たり前で、逆に「1、2本提案されても困る」という感じだったから。俺はよくこのキャンペーン10年続けてみせますと宣言したね。でも、ボス宇宙人14年。白戸家13年。フジお正月20年。京都も26年。意外にホントになってる。クライアントが偉いのだが。

岡:今はすぐにPOSデータを提示されて「売れてないから」という話になる。昔は牧歌的すぎたとも言えるけれど、年間で託してくれたら、それも何とかなるのにと思うところがありますね。量が質を決めるところもあると思います。

佐々木:続くキャンペーン、盛り上がるキャンペーンをつくるためには「対抗軸がある」ことも大切。僕がJR東海の「そうだ京都、行こう。」、岡がJR東日本の「その先の日本へ。」を同時期に展開していたときは、京都と東北という対抗軸があるなかで盛り上がり、どちらもたくさんの広告賞を獲りました。

澤本くんが東京ガスの「ガス・パッ・チョ」のキャンペーンを始めたときは、東京電力がオール電化をアピールする「Switch!」が始まり、エネルギーが戦っている感じがとてもよくて、話題にもなった。こうなるとお互いに負けじと出稿量を増やすから、広告が盛り上がって続いていくんだけど、どちらかの独り勝ちだったり、どっちかがひどいCMをつくっていると伸び悩む。

若手にチャンスが来る手伝いをしたい

佐々木:落合陽一さんの『日本進化論』を読んだら、あとがきで彼の父の落合信彦さんとApple創業者の1人のウォズニャックの対話を取り上げているんです。「日本のハードウェアは最高だけれどソフトがいまいち」と言われた信彦さんが打開策を聞いたら「そんなの簡単だ、若者を自由にすればいい」と言われたと。企業の中にもそういうことが「かっこいい」というムードがあるといい。本当は岡や俺たちの責任として、若手に「準備しておけ」と言わないとダメで。

逆に俺はいつまでいるんだ、と言われてしまうかもしれないけれど、丸投げは無責任。ルートや実績がない優秀な若者の才能を持ち腐れにしないためには、余計なお世話かもしれないけれど、佐々木や岡みたいな老害一歩手前?の存在がルートつくってあげないといけない。きっかけとか。「連」は、"ひょんなことから"をスローガンにしているの。バーのマスターが、常連の客に新入りを紹介して、見どころあるよ、と。

岡:確かにTUGBOATも一番若い麻生がもう47歳だから、次の世代のことをね。

佐々木:転局当初はほとんど仕事のないチームにいて不採用のコピーをデスクに未練がましく貼り付けていた頃、10歳上の大スター大島征夫さんに引きあげてもらったんです。大島さんが過剰に売り込んでくれたおかげで、ホントたいした才能も実績もなかった自分が、不相応なチャンスをもらいました。そういうのが今はないように感じるから、岡はTUGBOATを続けることがそれだし、俺はシンガタを1回卒業して、1人ではじめる「連」では若い才能や異業種の皆さんにこの指とまれと言いながら、大きな余計なお世話役をやりたい(笑)。

岡:確かに僕は今、若い制作者と接触すること自体がほとんどないですからね。

佐々木:そうなっちゃうでしょう。俺は最近、CHOCOLATEの「バズマシーン」こと栗林和明くんと、そう、"ひょんな"奇跡の出会いがあって、そのあと軽くプレゼンしてもらったんだけど、すごかった。TUGBOATのような勢いがあって、何でもいいから、この孫みたいな連中と仕事がしたいと思った。それから、『ファイナルファンタジー』のゲームクリエイターとして著名な田畑端くんとそのエグザイル的な男衆たちとも"ひょんなことから"同志の契り結んだり。

あと、蕎麦屋の出前のおかもちの揺れても落ちない発想でドローンを開発し世界制覇を目指す田路(とうじ)圭輔くんという若きいぶし銀男など、いろいろとひょんな縁で繋がって。それこそ電通時代に岡や多田や澤本、福里などすごいクリエイターが身近にたくさんいたように、今は広告に限らずゲームやデジタル、建築、官僚など多様なメンバーが集まってきた。「連」は「この指とまれ」的な文化系運動部だけど、みな、このクラブ活動を楽しみにしてくれている。まぁ岡は、そこに入らないだろうけれど(笑)。

岡:僕はそういうのが苦手で電通を辞めていますからね。ただ、僕もささやかだけれど、世代の違うTUGBOAT以外のクリエイターと「広告の話会(かい)」を始めたんです。1クールに一度集まって、最近3か月で発表された広告をみんなで見て、何を評価して、評価しないかを1人ずつ発表しながら、広告を褒めたり、酷評したりしています。

僕らが若かった頃は電通には「発見会」というのがあって、CDたちの本音が飛び交う場がありましたよね。今はああいうことが行われないからよくないと思っていて、広告の話会(かい)では何の忖度もなく思ったことを言うし、自分の審美眼を試す場にもなっています。それが何かに結びつくかわかりませんが、それぞれの世代の意見が聞けて僕にとっては新鮮ですね。

佐々木:恩師と仰ぐ安西さんにボロクソに言われて(笑)。でも言われるということは「選ばれている」ことでもあるわけだから、悪口なのにうれしくて。評価はとても厳しかったけど、これが指針になっていた。

岡:なんでうれしかったんだろうね(笑)。一体いつになったらここで認められるんだろうと思っていたし、ここで褒められれば何も賞を獲らなくても自信になったし、生きていけると思いましたよ。『コマーシャルフォト』で連載していた「小田桐昭のベスト10」に選ばれることもうれしかったなぁ。

佐々木:小田桐さんは僕がちょっとでも違うことにうつつを抜かしていると、「広告をちゃんとやりなさい」とおっしゃる。自分の中では広告はやり尽くしたかなと思った時期もあったけれど、そう言われてやっぱり広告をやり続けよう。それが広告を愛する者として健全だと思いました。

岡:僕も小説を書いたとき、怒られました(笑)。でも、佐々木さんがいつか現場を辞めたら「佐々木宏が選ぶベスト10」は説得力あると思いますよ。

佐々木:ないない。広告賞で俺が褒めると票が減ると言われているし。広告という仕事に出会えて十分に幸せな人生だったけれど、もっと長生きして、87才くらいまでのさばりながら、『ジジイ放談 佐々木爺と岡爺が選ぶ広告ベスト10.AIと人間どちらが勝ち?』みたいなのをブレーンでどう?若い芽を摘みながら、好きなやつだけ育成して(笑)。突然だけどSDGsを意識しながら、岡と共に、広告界にもうちょっと、のさばりたい(笑)。

連 クリエイティブディレクター
佐々木 宏(ささき・ひろし)

慶應義塾大学卒業。1977年電通入社。新聞雑誌局に6年。クリエーティブ局に転局。2003年7月「シンガタ」を設立。2016年にリオオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーを担当。2019年4月、ゆるやかな連帯をキーワードに連を設立。

TUGBOAT クリエイティブディレクター
岡 康道(おか・やすみち)

1956年佐賀県嬉野市生まれ、東京育ち。都立小石川高校を経て、1980年早稲田大学法学部卒。同年電通に入社、営業局に配属。1985年にクリエイティブ局へ異動。1999年7月、CDとして川口清勝、多田琢、麻生哲朗の4名と「TUGBOAT」を設立。

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