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スタンダードへの道

ナインアワーズ 油井啓祐さんに聞く カプセルホテルの新しいあり方

聞き手:水野良樹(いきものがかり)

世の中でヒットしている商品はどのような道をたどって生まれ、その後定着して、「スタンダード」になっていくのか。さまざまな商品の原点から現在までを人気ユニット「いきものがかり」の水野良樹さんが自らの曲づくりと重ね合わせてインタビューします。

(左)ナインアワーズ代表取締役ファウンダー 油井啓祐
国内ベンチャー企業への投資業務に従事後、父親が運営していたカプセルホテルを相続。事業そのものをデザインするという理念のもとにデザインチームとともにナインアワーズを開発。2009年に京都に1号店を開業。
(右)いきものがかりリーダー ギター・作詞・作曲担当 水野良樹(聞き手)
Photo:Kenichi Shimura/parade/amanagroup for BRAIN

カプセルホテルの常識を捨てる

水野:油井さんがカプセルホテルをつくろうと思ったきっかけは何だったんですか。

油井:僕は日本発の世界で戦えるビジネスを探したいと思って、大学卒業後、ベンチャーキャピタルに入社しました。アップルやインテルのような会社を日本から世界に出していきたいと思っていたのですが、いざ探してみるとなかなかなくて。そんなときに、秋葉原でカプセルホテルを経営していた父が亡くなりました。僕は父の仕事が好きではなく、なぜこんなことをやっているんだろうとずっと思っていたんです。

でも、一通り相続が終わった後、カプセルホテルという事業そのものを作り直せば、世界に輸出できる商売になるかもしれない、と思いました。カプセルホテルという事業そのものをデザインし直す—。それはかっこいいかたちをデザインするということではなく、そこで提供するものはもちろん、体験や時間の使い方、使用後の読後感まで、すべてがデザインされているものをつくりたいと思ったんです。

水野:まず何から始めたんですか。

油井:デザインが必要だと思い、あるデザインディレクターに会いに行き、これから自分がやりたことを彼に話しました。数カ月かけて話し続けた後にできあがったコンセプトブックを見たとき、驚いたんです。というのも、そこに描かれていたのは、高級カプセルホテルだったからです。グリーンのガラスのファサードに、無垢の木が使われた内装、カフェには外国人が集まる、という…。僕が考えていたものとは全く違うものでした。

カプセルホテルとは軽自動車のようなもので、高級であればいいというわけではない。結局、彼とは意見が合いませんでした。現在、ナインアワーズのデザインを監修していただいている柴田文江さんには、そのとき同時にプロダクトデザインをお願いしていました。やはりデザインは重要と思っていたので、柴田さんにプロダクトだけではなく、全体のクリエイティブディレクションを見ていただきたいとお願いしました。あらためて柴田さんと議論して出てきたキーワードは「本当に豊かなものとは何か」ということでした。

水野:根本に戻ったんですね。

油井:そこから生まれたのが、ナインアワーズです。そもそも僕がデザインしたかった事業はカプセルホテルの進化版ではなく、都市の中で24時間利用できるトランジットサービスを提供すること。そのために何が必要なのかという議論を続け、最終的に残ったのが睡眠とシャワーでした。それを実現するために、テレビも、お風呂も、さらには空間という概念も、すべて捨てることに決めたんです。

水野:それは、かなり勇気がいることですね。

油井:最初はすべてをそぎ落とすことにものすごい恐怖を感じました。その代わり、睡眠とシャワーを研ぎ澄まされた最高の品質のものにすると決めて、パートナーである玉の肌石鹸さんの協力のもと、都内のラグジュアリーホテルのアメニティをすべて取り寄せて分析するところから始めました。

水野:油井さんはご自分が提案することで、世の中の人たちのライフスタイルがこうなるといいという理想はあるんですか。

油井:将来的にある程度ナインアワーズが各地にできたときに、いろいろな人たちの生活をサポートできたらいいなと思っています。2017年12月に、恵比寿に「ドシー(℃)」という、古いカプセルホテルをリノベーションした施設をオープンしました。ここは独自のサウナと睡眠に特化した施設。従来は睡眠とシャワーだけに特化していましたが、今後はドシーのようにサウナ、コーヒーなど立地に合った新しい機能を加えていきたいと考えています。

ちなみに北新宿にオープンしたナインアワーズでは、一番上の階に「デスク」と呼ぶスペースをつくり、仕事ができるようにしています。ちょっと仮眠できる、サウナに入れる、おいしいコーヒーが飲めるなど、身体を休めるためのサービスが生活の近くにある、そういう場を提供していきたいと考えています。

水野:そうやって世の中に提示していく感じは、ビジネスというより社会変革をしているようにも見えます。ちなみに油井さんが考えるライフスタイルが浸透すると、同じような形態のものが追随すると思いますが。

油井:海外でお寿司屋さんに行くと、必ずカリフォルニアロールが出るでしょう?それがいけないというわけではないけれど、これが本当のお寿司だと思われたら、日本人としてちょっと納得がいきませんよね。どうせ同じようなことをやるのだったら、私たちよりずっとクオリティの高いことをやってほしいと思っています …

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