「〇〇してください」「〇〇禁止」。そう呼び掛けても、人はなかなか行動を変えてくれない。それはなぜか。行動科学のインサイトを使って広報実務を点検します。
日本でも2月半ばからコロナワクチンの接種がスタートしました。医療従事者への先行接種に続いて、接種対象者が順次拡大されていく予定です。先行して接種が進む海外ではワクチン接種を拒む人が少なくなく、接種体制が構築されても接種が進まない問題が起こっています。国内でも将来的に接種対象者の「ワクチン忌避」やワクチン接種を促す「コミュニケーション」に注目が集まるかもしれません。
前向きなのに接種しない人
ワクチン接種のコミュニケーションを設計する上で重要なのは、個人のワクチン接種に対する「思考・態度」と「行動」を分けて考えることです。ワクチン接種を受けない人には、「思考・態度が否定的だから接種しない人」だけでなく「肯定的だけど接種しない人」も相当数含まれるでしょう。必要なコミュニケーションも変わってきます。
「否定的だから接種しない人」ですが、ワクチンの安全性や有効性に疑念を抱いて接種を拒んでいるなら、それらを払しょくする科学的根拠を伝えることが効果的でしょう。それに対して、「肯定的なのに接種しない人」の場合は、ワクチン接種を受けようと思っていたけど「うっかり忘れている」だとか「ついつい先延ばししている」といった行動的な問題がかかわってきます。そうであれば行動科学的な知見を活かしたコミュニケーションを行うことが肝要になってきます。
計画を立ててもらう
インフルエンザの予防接種になりますが、「忘れっぽさ」や「先延ばし傾向」に対処した事例を紹介します。
米ペンシルバニア大学のミルクマン教授らは、大手電力会社の従業員約3000人を対象に社内診療所での無料のインフルエンザ予防接種を呼び掛けるDMを送りました(*)。DMには予防接種を受けられる日時候補と場所を記したカードが同封されました。用意されたカードは3タイプ(図)。❶日時と場所が記されただけのもの、❷予防接種を受ける「日程」を自ら計画して書き込めるもの、❸予防接種を受ける「日時」を自ら計画して書き込めるものです。
その結果、予定を具体的に計画するタイプのカードを受け取ったグループほど接種率が高くなりました。具体的に計画を立てることで、ワクチン接種を受けようという「思考・態度」と「行動」がしっかりと結びつき、「忘れっぽさ」や「先延ばし傾向」が取り除かれたのだと考えられます。「希望者は無料で接種できます」。こう案内を出して終わらせるのではなく、「行動」につながるコミュニケーションが求められます。