IPO企業の担当者が語る 上場前後の広報・ブランディング
多くのステークホルダーからの信頼を得る必要がある「上場」のフェーズ。2017年~2018年にマザーズにIPOを果たした3社の広報担当者が上場前後の広報戦略や、実務の中で直面した課題を語った。
新規上場と広報戦略
テレビ東京の『WBS』や『ガイアの夜明け』のディレクターとして500社以上のベンチャー企業を取材してきた下矢一良氏が、メディアを通じて企業の魅力を広く伝えるための、ストーリーのつくり方を明かす。
「上場したら、取材がいくつも押し寄せると言いますよね」。上場を間近に控えた経営者からよく聞く言葉だ。冷や水を浴びせることになるのだが、「上場」というだけでマスコミ、特にテレビの取材が押し寄せるということはない。記者や報道番組のディレクターが取材先の企業を選ぶときに、「上場しそうかどうか」ということをまったく気にしていないからだ。
私はかつてテレビ東京経済部で、ITや電機業界担当のキャップを務めていた。ITは新規上場が特に多い分野だが、「上場しそう」という理由だけで放送したことは一度もない。起業家がSNSなどで盛り上がる「5億円の資金調達に成功した」という類の話も同様だ。記者やディレクターの取材先選びの基準は別のところにある。
ニュース媒体なので、当然ながら取材をするのは経済にかかわるニュースである。では、そもそも「ニュース」とは何なのだろうか。教科書的な定義ではなく、経済マスコミの現場で悪戦苦闘している人間が暗黙のなかで共有している「ニュースであることの条件」だ。
この答えは、「ニュースとは世の中の変化の兆しをとらえ、伝えること」(図1)。『WBS(ワールドビジネスサテライト)』の当時のプロデューサーから、番組放送後の酒の席でこの言葉を聞いたとき、私は眼前の靄(もや)が一気に晴れたような気になった。「ニュースであることの条件」をここまで見事に表現した言葉を聞いたことがなかったからだ。
この定義のなかで特に大切なのは「世の中の変化」であって、「特定の業界内での限定的な変化」ではないということだ。番組のディレクターをしていると、急成長を遂げたベンチャー企業から数え切れないほどの売り込みがやって来る。実際に会ってみると「従来製品より処理速度が2割速くなった」といった「業界というコップのなかの嵐」のような話ばかり。しかし、「世の中全体」に波及する可能性を記者やディレクターに感じさせるものでなければ、取材対象とはならないのだ。
記者やディレクターが特に取材したいと思うベンチャー企業には、ある共通の特徴がある。それはストーリーを持っているということだ。
取材者がストーリーのある企業を好む理由は、実にシンプル。ストーリーのある企業は、見応えのある企画として創りやすいからだ。テレビ東京の『ガイアの夜明け』や『カンブリア宮殿』などは、まさにストーリーを描く番組だ。
それに加えて、記者やディレクターはストーリーを掘り起こして紡いでいく工程でやりがいを実感できるため、好まれやすいのだ。
もちろん、ストーリーであれば何でも良いというわけではない。ニュースである以上は、前述の「ニュースの条件」を満たしているものでなければならない。つまり、記者やディレクターは「世の中の変化を示しているストーリー」を、常に探し求めているのだ。
特に、上場前後のベンチャー企業は「ストーリーの主役」として取り上げやすい存在である。その理由は大きく3つある。
上場する企業は、新たに市場に受け入れられた製品やサービスがあったからこそ、上場が視野に入るほどまで成長したのだろう。つまり「変化の兆し」と言えるほどの「証拠」を世の中に残しているということだ。取材する側としては、堂々と「この会社の取り組みは変化の兆し」だと言える材料が揃っている。
スター・ウォーズシリーズやハリー・ポッターシリーズなどを例に挙げるまでもないが、ストーリーの主役は常に「強者に挑むチャレンジャー」だ。ベンチャー企業の創業から上場が見えるまでに至る道のりは、まさに「弱者が強者に挑む戦い」そのものである。
上場前後の企業は一般的に業界内では知られた存在になっているが、業界の外に一歩出るとそれほど知られた存在ではない。専門誌やネット媒体で取り上げられるようになっていたとしても、一般紙の読者やテレビの視聴者にとっては、まだまだなじみのない存在だ。従って上場前後の企業の、情報としての「鮮度」は十分なのだ。
取材者が取り上げたいと思うストーリーとは、どのようなものなのか。ディレクターとして私自身が考えていたこと、さらには企画会議でのやりとりや同僚たちとの酒の席での会話などを振り返り、上場前後の企業が取り上げられるストーリーのパターンを次のように体系化した。
「世の中を変えることが、自社の存在理由」だと自ら高々と宣言しているのが、「社会変革」ストーリーだ(図2)。クラウドワークス、ユーグレナ、JINSなどが、この類型に属する。AIやIoTといった時代の注目を集める領域で事業展開している企業にとっては、特に使いやすい類型だ …