ブログや掲示板、ソーシャルメディアを起点とする炎上やトラブルへの対応について事例から学びます。

イラスト/たむらかずみ
記者の指摘で素材提供の「嘘」が発覚
NHKが報道各社に紅白歌合戦の本番のものと提供した安室奈美恵さんの写真が実はリハーサル時のものだった。記者からの問い合わせにも「本番時のもの」と答えていた。
新年早々、広報の根幹は何かと問われるような事件が起きた。問題の深刻さをぜひ一緒に考えてもらいたい。NHKが「第68回紅白歌合戦」に出演した歌手の安室奈美恵さんが歌唱するシーンの写真を報道各社に提供した。写真は本番のものではなく、リハーサル時に撮影されたものだった。
安室さん側の意向で本番での写真撮影が困難ということになり、複数の広報部員や制作ディレクターらが協議。本番と同じ衣装や髪形、照明だったことから、リハーサル時の写真を本番時のものとして提供しても大丈夫だろうと判断したという。写真を提供した際、写真データの日付が「12月30日」となっているため確認を受けた際も、対応した広報部員は「本番の写真」と説明していた。本番では写真撮影をしていなかった。
常態化していた虚偽の記載
ここまでで何が問題だと感じるだろうか?報道によると、NHKではドラマの写真を提供する際、実際にはリハーサル時に撮影したものでも「収録時」と記載しているという。仮にあなたが、番組の素材提供というのはそういうものだと言われたとして、何か異議を唱えたりできるだろうか?
さて話が急転するのはこのあとだ。1月4日、記者から指摘を受けたNHKの藤岡隆之広報部長が確認をしたところ、こうした事実が発覚し、NHKは謝罪するに至った。各社は一斉にこれを報じた。NHKが「嘘をついた」「虚偽」といった見出しがあふれた。また各社は掲載した写真の情報を訂正した。
問題視されたあとに問題を指摘するのはたやすい。重要なのは、日常のやりとりの中で問題に気づき、きちんと説明できるかどうかだ。
「ファクト」が共通言語
一番の疑問は、写真のデータから明らかにリハーサルのものだと考えられたにもかかわらず、なぜ「本番の写真」だと虚偽の説明をしていたのかという点だ。一方で、ネットの反応には「何が問題?」「どうでもいい」という声も目立つ。広報の仕事では、まさにここが分水嶺だということを確認したい。リハーサル写真を提供したことが問題なのではなく、リハーサル写真を本番の写真だと伝えたことが広報として犯してはならない問題なのだ。
広報という役割は、ファクトをやりとりすることで信頼を得ている。たとえネガティブな見方をする反対派とも、ファクトを通してやりとりができる。情報を伝えるメディアは、提供された情報をファクトとして報じる。広報と報道はファクトが共通言語なのだ。
その広報から伝えられた情報がファクトではないとすれば、コミュニケーションが成り立たない。だから「嘘」と一斉に報じられた。広報に携わる者はこれを「小さな嘘」と考えてはならない。後日、NHKの上田良一会長は定例会見で「大変遺憾」と述べ、正籬聡広報局長が改めて謝罪した。小さな嘘は組織の信頼を失う大きな問題だということをしっかり胸に刻みたい。
社会情報大学院大学 客員教授・ビーンスター 代表取締役米コロンビア大院(国際広報)卒。国連機関、ソニーなどでの広報経験を経て独立、ビーンスターを設立。中小企業から国会までを舞台に幅広くコミュニケーションのプロジェクトに取り組む。2017年4月から社会情報大学院大学客員教授。著書はシリーズ50万部のベストセラー『頭のいい説明「すぐできる」コツ』(三笠書房)など多数。 |