顧客との直接的なつながりから、すべてを考え、事業として継続させていくには、その「顧客とのつながりを生む場」に目を向ける必要がある。本稿では、「顧客時間」の岩井琢磨氏、奥谷孝司氏が共同で筆を執り、一部企業を例に挙げながら、基本的な考えを紹介する。
「顧客とつながる優れた場」を使いこなす企業の登場
「PLACE(プレース)」は従来から、いわゆる「マーケティングの4P」のひとつとして位置付けられてきた。
我々が注目しているのは、企業がリアルとデジタルの双方で顧客と直接的なつながりを築けるようになった現在、戦略上における重要性が増している点だ。そのことに気づいている企業は、メーカーや小売といった業種に関わらず「顧客とつながる優れた場(PLACE)」を持とうとしており、その競争は加熱している。
"顧客と直接に"は、ダイレクトマーケティングの主眼である。しかし「PLACE」を「販促を直接仕掛ける場」、あるいは通販など「直接的な販路」としてとらえているとしたら、それは間違いだ。よりダイナミックな視点で、「PLACE」をマーケティング戦略全体の基点ととらえる企業とは、大きく差がついていくだろう。
なぜならば、後者の視点に立つ企業が行おうとしているのは、「顧客と直接つながる場」を生かし、そこからの顧客行動データによって顧客を理解し、顧客に直接的な提案を戻す対話を築くことだからだ。これによって、顧客とのエンゲージメントをいっそう深めようとしている。売り切りをゴールとせず、顧客と良好で継続的な関係性を結ぶことによって、顧客生涯価値(CLV)を上げようとしているのだ。
「PLACE」を基点としたマーケティングモデルを築き、異業種競争を仕掛ける企業は各業界で現れている。
その好例のひとつは、フィンランドから日本への上陸も報道されている「Whim(ウィム)」だ。同サービスは、近年注目されているMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス、サービスとしての移動手段)」を提供している。公共交通機関、カーシェア、シェアバイクなど、あらゆる交通機関をユーザーのルーティングに沿って提案するサービスだ。
ただ「Whim」自体は、なんの交通機関も持っていない。提供するのは、ルーティングとペイメントのみだ。しかしモバイルを通じたその機能で、顧客の意思決定において、交通事業者よりも先に、顧客との強いつながりを押さえていくことになる。
顧客と直接つながることは、それが叶う企業には機会であり、できない企業にとっては脅威となる。より多くの顧客との関係を直接構築し、その行動データを手にするようになると、顧客に対して直接的な提案を行えるようになる。これを持つからこそ、全く異業種であってもさまざまな業界に参入することを可能にする。
逆に既存の交通事業者から見れば「Whim」は完全な異業種であるし、顧客とのつながりを先に支配されることによって、価格決定権をも奪われかねない。
日本で「顧客と直接つながる場」を持つ企業のひとつは、登山アプリ「YAMAP」を運営するヤマップ(福岡市)だ。「YAMAP」はスマートフォンアプリ上で登山地図、全国各地の山の情報を提供し、登山の過程を記録したり、共有したりできるというコミュニティビジネスを行なっている。
「YAMAP」アプリのダウンロード数は、ことし6月時点で130万ほど。同社も「Whim」と同様、「顧客とつながる場」を強みに、さまざまな市場に進出しようとしている。すでにアプリ運営の傍ら、登山にまつわる商品の販売に乗り出し、登山靴用インソール(中敷き)の開発や、登山に関する損害保険代理業なども手がけている。
「YAMAP」の顧客とのつながりを生かした商品開発はまだこれからだが、既存のアウトドア用品メーカーにとっては、一見競合ではない企業が突如ライバルに変身したように見えるかもしれない。
こうした顧客との直接的なつながりを生かしたマーケティングは、やるか、やらないか、の前に、環境としてできるようになってしまった。単なる販促効率にとどまらない、真のダイレクトマーケティングが、実現できる環境が出現している …